ヒトラー氏はいかにして演説術だけで総統になれたのか?「ヒトラーの演説- 熱狂の真実 (中公新書)」

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アドルフ・ヒトラー。

言わずと知れた20世紀を代表する悪党である。

彼の行った行為は人類史上最悪の悲劇を産んだ。

だが、誰もが一度は思ったのではなかろうか?

「なぜあんな男がドイツで熱狂的な支持を受けたのか?」と。

 

ヒトラーはミュンヘン一揆(武装蜂起)失敗の反省から、『合法路線』で政治権力を勝ち取る作戦に出る。

なぜナチスという誰も見向きもしなかった地方の極右政治団体が、わずか14年で全権委任法=独裁というドイツの権力の全てを牛耳るまでになったのか?

そこにはヒトラーの天才的な大衆煽動術があり、その中でも特質的な武器となったのが彼の演説である。

今回はヒトラー演説 - 熱狂の真実 (中公新書)を読んだのでちょいとまとめて考察してみる。

 

 

 

 

当時のドイツの時代の空気

ヒトラー総統最大の手助けは何かというと、まさに『時代』としか言いようが無い。

ヒトラーはたしかに天才的な演説術を持っていたが、それが第一次世界大戦前や現代、はてまたドイツではなくアメリカや日本だったとしたら、彼はあそこまで上り詰めることは不可能だっただろう。

ヒトラーを産んだのは、「第一次世界大戦敗戦後」の「ドイツ」でしかなかった。

その土台について以下に述べる。

 

第一次世界大戦の不可解な負け方

1918年、第一次世界大戦でドイツは敗退する。

ヒトラーはこの時、前線で活躍する一兵士であった。

この負け方が問題であった。大戦末期は世界大戦と言いつつも、「米英仏」対「独」という図式であった。多勢に無勢と思いきや、ドイツ帝国は何とか頑張っていた。

だが終わりはあっけなくやってきた。

ドイツ国内で革命が起こったのだ。共産主義者や兵士たちが起こした革命により、皇帝は退位し亡命、そのままなし崩しに敗戦となった。

敗戦は濃厚であったにも関わらず、前線の兵士たちや戦争に耐えてきた一般民衆の少なくない人達には納得のいかない敗戦であった。

 

ヤクザもびっくりヴェルサイユ条約

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史上類を見ない死者と戦費を叩き出した第一次世界大戦は、総力戦の幕開けであったが、近代戦争の名残もすこしばかり残していた。

ドイツは敗戦により、すべての植民地と本領周辺の地域を取り上げられ、天文学的な賠償金を突きつけられることになる。

戦後のドイツはこのヴェルサイユ条約によって辛酸を嘗めることになる

ご存知、「パンを買うのにお札がこんなにいるや!坊や」でお馴染みの超インフレーションもその辛酸の一嘗めである。

 

 

この2つの「空気」がヒトラーの演説に耳を傾ける下地となり、ナチスの台頭の踏切番になった。

「俺たちは負けてねえ!ありゃユダヤ人に騙されたんだ!」

「ヴェルサイユ条約のせいで生活が成り立たねえ!」

ヒトラーはこの2つの不気味な怨嗟の声の代弁者になる。

なぜならヒトラーには代弁者足る資格があった

 

ヒトラーは勲章を貰うほどの勇敢な前線経験ある兵士であり、貧しい労働者階級であるからだ。

ヒトラーはこの2つの出自(実際は少し違うのだが)を声高に叫び、大衆の代弁者となっていく。

 

 

 

 ヒトラーの演説術


まずはこの演説シーンを見てもらいたい。

ここにヒトラーの巧みな演説術のすべてを見ることができる。

ドイツ語で何を言ってるかわからないのに、なぜか聴いてしまう。

以下にヒトラーの不思議な能力についてまとめてみる。

 

ヒトラー演説 - 熱狂の真実 (中公新書)

ヒトラー演説 - 熱狂の真実 (中公新書)

 

この本はヒトラーの権力闘争や戦争についてではなく、ヒトラーの演説のみを切り取っている。

著者が開発したソフトより、ヒトラーのほぼすべての演説内容をデータ化した。

150万語に及ぶデータから、ヒトラーの選んだ言葉の使用頻度やその語の時代によっての増減から、ヒトラーのたくみな大衆煽動を「言語学的」に導き出す。

 

 

演説術のイロハ

配列

序論→陳述→論証→結論というギリシャからの弁論術の基本の流れを踏襲。

ここにヒトラーは「過去-現在-未来」という時間軸を交えながら説明していく。

厳しいことばかり叫んでいるように思えるが、主張したいことはわかりやすいよう起承転結まとめて話している。

当時の大衆には「池上彰+トランプ」のような印象だったのではなかろうか?

 

修辞法

対比する、繰り返す、意味をずらす、度数をずらすを主として活用している。

特に対比法「AではなくB」を好んで使っている。

例『政治的運動としての反ユダヤ主義は、感情という判断基準によってではなくて、事実認識によって規定することが許される』

対比することにより、Aを引き合いに出して、Aを否定しBを際立たせる。

ヒトラーは主張を通す際に、何かを一度やっつけておいて、自らを肯定する。

大衆の敵(ユダヤ人、ヴェルサイユ条約など)を引き回した後、ヒトラー自信が否定する。これにより、大衆は「よく言ってくれた」「あいつはわかってる」と共感できる。

 

その他

繰り返し、メタファー、誇張表現、曖昧表現、法助動詞、仮定を駆使している。

これにより、自分は大衆の味方であるという意識を植え付け、だからこそ大衆の敵を共に憎んでいると導く。そしてその「願い」を叶えるのは自分しかいないと結論に持っていく。

だが、ヒトラーは断言しているようで、曖昧な表現「われわれ」「~しなければならない」も多く使っている。曖昧な表現を使って大衆に考えさせる=ヒトラーと同意見に導いている。

 

 

 

プロパガンダの標的としての大衆

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ヒトラーが読む大衆

ヒトラーは民主主義を大衆無くしては成り立たないと見ていた。

そもそも大衆とは、産業革命から第一次世界大戦前後にかけて爆発的に増えていった「新たな階級」であった。レーニンもヒトラーも、そこに目をつけたわけだ。

ヒトラーは大衆に対するプロパガンダを「対象の最も頭の悪い者の理解力に合わせる」としている。

ヒトラーはわかり易い言葉を何度も繰り返し、喩え話を駆使する。ポスターや映画を使ったのもこの理念を念頭に置いている。

日本の政治家のポスターがひらがなだらけなのも、これと同じか?あれは馬鹿にし過ぎだけども。

 

大衆こそ標的 

「ヒトラーは大衆相手に初めて真面目に政治運動を起こした」といえるかもしれない。

マルクス主義がその先輩であるが、彼らはインテリゲンチャ臭い前衛党であり、どこか威圧的だ。当時の政治は階級社会が色濃く残っていたため、組織票や地元の有力者といった人々の地盤も強固だった。

ヒトラーはあえて大衆を標的に選んだ。民主主義を合理的に考えると、当たり前の決断であると思うが、ヒトラーはあえてそこに全力投球したわけだ。

 

理論より感情に重きを置き、大衆が集まりやすい晩方に演説を行い、突撃隊によるド派手な行進やポスター攻め、ラジオや映画といった当時の大衆の娯楽、そのすべてを政治的に利用した。まさに大衆を知り尽くした男だといえる。

 

群衆心理 (講談社学術文庫)

群衆心理 (講談社学術文庫)

 

ヒトラーも読んだといわれる演説術の原点 

 

 

演説効果を増大させる最新兵器

ラウドスピーカー

当時は演説=地声が当たり前の時代。

だが演説する会場が巨大化していた時代の転換期でもあった。

ビアホールで始まったヒトラーの演説は、工場やスタジアムや飛行場にまで広がっていく。

そこで困ったのが「聞こえない」という問題

ラウドスピーカーを導入することで、ヒトラーの声は会場中に響き渡ることが出来た。

 

飛行機

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ラウドスピーカーとも同じ発想だが、ヒトラーは自らの声が届かなければ意味が無いと思っていた。

ヒトラーは乱発されるワイマール共和国末期の選挙戦を、当時最新鋭の飛行機を駆使することで、ドイツ中を回ることが出来た。

この頃からヒトラーはメディアへの露出を武器として捉え始めた。

 

ラジオ

ヒトラーといえばラジオなイメージだが、何でも初めは嫌いだったとか

しかもけっこう緊張したらしい

しかしその後、ラジオの持つ力をナチスは利用していく。

ナチスは政権獲得後、安価な国民ラジオを大量生産して国民にバラ撒いた。

だがこれは後に「ヒトラーの演説力」を下げてしまうことに・・・

 

ゲッペルス

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ナチスプロパガンダを語るには、ヒトラーの演説とこの男「ゲッペルス」がいなくてはならない。

上記の飛行機やラジオ、そして映画などのアイディアを実行に移したプロパガンダの責任者ゲッペルスは、町中を鉤十字のポスターまみれにし、荘厳な行進や儀式まで行った男である。

のちのナチスは「宣伝省」まで設けたのだから、如何にプロパガンダの力を利用していたかがわかる。

 

 

 

ヒトラーの演説から見る時代の流れ

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ヒトラー演説では150万語ものデータを分析している。

そしてそこにはミュンヘン時代から政権獲得、そして戦争の始まりと最期までの演説を見ることによって、ヒトラー自信の姿が見えてくる。

 

政権獲得まで

ミュンヘン時代から政権獲得までは非常に攻撃的だ。

この時期のヒトラーは大衆に強い意志を求めつつも、現状(敗戦後のドイツ)の責任は一切関係ない、あなた達は騙されていると繰り返している。

責任がないと設定することで、現状の暮らしは全て「いわれのない被害」として感じ取らせている。当初ヒトラーは意外にもユダヤ人と同じくらい、現状を招いた政府(ワイマール政府)への批判を行っている。

だがただ批判するだけではなく、自分たちの計画もちゃんと語っているところが万年野党とは違う。自らの計画をプロパガンダで脚色しつつも、国民運動化することに腐心している。

この時期は大衆の代弁者像を作り、そして少しずつ独裁体制への布石を行っている。

 

政権獲得後

政権獲得すると次はナチス体制の維持が主目的となる。

ここからヒトラーは国民運動化に邁進する。水晶の夜で邪魔者を排除した後は、経済対策と並行しつつマニフェストであったヴェルサイユ条約との戦いを始める

ヒトラーは時に博打のような大胆な行動を取り、ヴェルサイユ条約を形骸化させていく。ヒトラーは旧領の奪取に再軍備といったドイツ国民の悲願を次々と達成していく。

これにより国民運動を加速させ、運動が国家となりヒトラーは総統となった。

まさに独裁体制が完成したのだ。

しかし「運動」自体が目的となると、その維持継続だけが行動倫理となってしまう。大衆を一番熱しやすい「参加型政治運動」の弱点は、同じくらい冷めやすいことにある。ヒトラーは急ぎすぎた。猛烈なプロパガンダと博打的対外政策をカンフル剤に進んでいく運動は、止めることができなくなる。

急進的な権力奪取による弊害は、思想弾圧・言論統制・秘密警察を生むのは歴史の必然であった。

ここからヒトラーの演説は、「義務化」していく。ラジオから流れるヒトラーの演説は絶対に聞くものとされた。大衆の一番嫌いな義務になってしまった。

運動の維持継続のための苦肉の策が、ヒトラーの演説の神通力を無くしていくことになる。

 

戦争

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英仏の厭戦気分をうまく利用して、旧領を恫喝で回復し国民の喝采を浴びたヒトラーであるが、ついに虎の尾を踏んだ。

ポーランドに侵攻した瞬間、悲劇の第2次世界大戦が始まったのだ。

総力戦体制となると、運動の統制は厳しくなり、もはや生活の内部までプロパガンダが押し寄せてくる。

戦意高揚のためにナショナリズムや根拠なき正当性を煽りに煽ったが、スターリングラードの敗退からついに崩壊が始まる。

ヒトラーはこの頃から、ゲッペルスたちに懇願されても演説をしなくなり、国民の前に出ることをためらい始める。

大きな演説は40年に9回だったものが43年には2回となり、その後は暗殺や空襲を恐れて国民の前での演説は無くなる。

ついに健康不安説や死亡説まで流れるようになる。いつかの志村けんじゃないか。

敗戦直前はかつての雄弁さの欠片のない事務的で疲れきった短いラジオ演説が数回あっただけであった。

ここにヒトラーの全てが詰まっているような気がする。

 

 

ヒトラー演説では、年代ごとに多用した単語やフレーズなどが統計的に算出されている。

例えば「われわれ」が「わたし」になる仮定や、開戦前後の駆け引き時に消えた単語など、ヒトラーの思考が読めるようで大変面白い。

ヒトラーの演説から、ナチスとは、第2次世界大戦とは、そして大衆とは、が見えてくる素晴らしい良本であった。

 

 

まとめ

ヒトラーの演説とは、「大衆を動かす方法」の極意だった。

主義主張ではなく、大衆を如何に思い通りに動かすかだけを合理的に考えぬいた演説術なのだ。

ヒトラーの主義は一貫しているようで、要所要所で大衆の反応に合わせている。

 

ヒトラーは原稿なしで演説に臨んだ

主張したい単語がいくつか書かれたメモ用紙だけで、彼は2時間以上も話すことが出来た。それも大衆の反応を見ながらである。

大衆の反応を見れば、何を言えばよいか勝手に頭の中に湧いてくると彼は言った。

これは記憶力やコミュニケーション力がすごい!だけでは片付けられない。

 

ヒトラーは前半生を不遇の内に過ごした。親の金にたかりながら、挫折に次ぐ挫折の日々であった。ヒトラーはその中で社会の最下層の人達と暮らしていた。

そんなヒトラーに訪れたのが戦争である。ヒトラーは戦争に命を懸ける場所を求めた。

ヒトラーはまさに戦争が産んだのだ。

 

最下層の人々を知り、戦争の最前線の地獄も知っている。

まさにその強烈な経験が母体となった自負こそ、頭の中に勝手に湧いてきた言葉の真相だろう。

 

それ故に自信が喪失し大衆との繋がりを失った最後の日々、ヒトラーの頭には何一つ言葉が浮かんでこなかったのではなかろうか?

 

 

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帰ってきたヒトラー 上

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ちなみにこちらは現代にヒトラーがやってくるというタイムスリップもの。

しかも芸人扱い。だがヒトラーはその演説力で現代ドイツを・・・

ドイツで物議を醸しだした問題作。

 

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