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脳内バックパッカー

自宅にいながら映画や本の世界で旅をしよう

NHK貧困女子高生報道批判から見る「若者の◯◯離れVS高度経済成長の呪縛」

目下炎上中のNHK捏造疑惑騒動。

貧困によって希望通りの進学ができないという女子高生が、趣味に多額の金を使っているというのをツイッター等から炙りだされたのが原因。

でもこれって何がいけないの?って僕は思う。

つうかかなり日本特有だ。

というか、高度経済成長の呪縛だ。

 

 

いまだ根強い高度経済成長型人生モデルプラン

日本では趣味のような私的なことは蔑ろにされる。

仕事を休むにも、何か大義名分がなければ取りづらい空気がある。

とにかく周囲の空気に合わせる国民性。和をもって尊しとなすというが、その悪い反面は「個人<世間」のムラ社会。

 

例えばマスコミが盛んに叩く、「最近の若者の◯◯離れ」なんかそうだ。

黙って働け、すぐに辞めるな、早く結婚して子供を作れ、車買え、時計買え、飲み会に来い、家を建てろ、テレビを見ろ・・・

これって全部、頭に「大人なら」とか「社会人なら」が付く。

そしてこの全てが(一部は戦前も含むが)高度成長期に作られた人生のモデルプランだ。

三種の神器に、マイカー持って小さい家を建て、子供を育てる。

まじめに働けば、誰でも中流になれて、まじめに働けば国が豊かになる。

そんな今や神話の世界。

しかしこの神話は強力な同調圧力の裏返しであり、異端者を排除しようとする力を持つ。

 

この同調圧力は良い時期に使えば、非常に強い団結力を持つ。

日本の豊かさは、偏にこの同調圧力が牽引力となって仕事に邁進したおかげだ。

明治維新からの富国強兵策や、戦後の復興、日本人は労働法度外視の滅私奉公の頑張りで荒れ狂う時代の波を渡りきってきた。

だが今やその同調圧力の神通力は、すでに効力を失っている。

長引く不況によって、神通力の一つである「人生のモデルプラン」が崩壊したからだ。

 

今の若者の◯◯離れは、その現れだ。

給料は上がらない、いつクビになるかわからない、年金がもらえるのも怪しい、奨学金の返済だけでもやっと・・・

そんな人達にかつてのモデルプランなんか神話にすぎない。

人生設計が立てられないのだ。

車離れだって、いつクビになるかわからない人間がローン契約なんてするかよ!って話だ。

少子化だって、自分たちの学費で苦労している両親を見たら、そうそう何人も作ろうなんて素直に思えない。

とてもシンプルに言うと、今の若者は無意識下で確実に今までの経済大国日本よりは落ちていくと悟っている。

先ほどの◯◯離れの項目の前に、「将来、今より貧乏になりますけど、これやりますか?」を付けたら、離れちゃう理由もわかるだろう。

 

 

経済大国からの転換期

今の若者は、「できるだけコスパよく、細々と自分の好きなことをやりたい」が幸せのモデルプランになっている。

かつて幸せになるための条件であった、家や車や上司との飲み会なんて、必要なくなったのだ。

上の世代から見ればつまらない奴かもしれないが、これは人生の優先順位が「豊かさへの挑戦」から「リスクなく生きる」に変わっただけだ。

今までの「周りと同じようにしていれば何となく幸せになれるだろう」というモデルプランがオジャンになったのだから、安全策に走ったり人生設計を縮小するのは間違いではなく当然の対応ではなかろうか?

日本は高度経済成長型社会からの転換期に入った。

 

時代の転換期になると、決まってゴチャゴチャした問題が沸き立つ。

外に向けてヘイトスピーチなどの中韓批判をしつつ、内では日本最高!を連呼するテレビ番組が持て囃されるのも、この時代の転換期の現れのように思う。

中国にGDPで抜かれ、韓国製品が世界を斡旋している。シャープが台湾に買われ、ソニーがテレビやパソコンを辞めた。

かつての格下のご近所連中に、プライドをズッタズタにされているわけだ。

こういうネット右翼みたいな連中は、ナショナリズムという擬似団結カンフル剤で小さくなっていくアイデンティティを掬い上げようとしている。

トランプの支持層なんかはまさにそうだ。

 

ちなみに左翼陣営はというと、古の社会党のような伝統芸能を未だに後生大事に掲げている。もう学園闘争も冷戦も終わってるんだけど・・・

SEALsなんかも若者の代表とか言いつつ、バックに左翼老害が巣食っていることが顕になると、急速に支持が無くなっていったように思う。

 

◯◯離れの真相とは、この「一億総中流時代の呪縛に取り憑かれた老人たちから若者は離れたがっている」のかもしれない。

 

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やっとやってきた『身の丈にあった』個人主義

個人主義というとUSA的な傍若無人イメージかもしれないが、本当の個人主義は自分の意思を明確に持ちながら生きることだと思う。

 

夏目漱石が自己本位という考えをテーマにしている。

文明開化以来、日本は内発的な動機なしにがむしゃらに戦ってきた。

その自己本位無き成長はついに止まり、やっと自己本位的な「身の丈にあった生き方もいいじゃないか」という考えが若者の間に芽生えてきたのではあるまいか?

「個人主義=我儘」ではなく「身の丈にあった生き方」と捉えると、若者の◯◯離れも説明できる。

若者は別にやる気が無いわけではなく、身の丈にあった自由なライフスタイルを求めているのだ。

 

だからNHKの報道に出ていた女子高生も、趣味に金を使うのは全く間違っていない。

別に貧乏だからと、自己責任だとか必死に働けとか清貧思想を押し付けられなくても良い。

まだ社会に出ていない高校生がどんな夢を持っていようが否定する権利など誰にもないはずだ。

貧乏だから「身の丈」にあった生活をしろ!というその「身の丈」は、個人の内発的な「身の丈」でない。

「経済大国日本の身の丈」はもうやめにして「自分だけの身の丈」に生きる。

目線を少し変えるだけでも、世界は違って見えるはずだ。

 

だから何万円のペンだとか1000円のランチとかが問題になるのではなくて、貧困の連鎖や世代格差や奨学金問題とかを救ってやれない社会について考えるのが先ではないだろうか?

もう安易な自己責任論どころじゃない状態になっているからこそ、こんな事が炎上してしまう。

人々に余裕がなくなり、内に溜まった感情が吐出口を求めているように思えてならない。

何の本で読んだか忘れてしまったが、生活保護受給者が豪勢な生活をしていたり、パチンコ屋に通う詰めているようなことが世間から叩かれまくる事案があった。

これってかつては誰も気にしていなかった。

なぜ問題になったかというと、先程述べたとおり人々に余裕が無くなってきたからだという。

今までは豊かに暮らせていたが、今後どうなるかわからない。

謂わば現在の社会にあるパイが増えることはないことを認めたのだ。だからこそ、現在あるパイの取り合いになった。

別に生活保護を叩くなとか、逆に安易に金をばらまけという意味では決して無い。

それより現在あるパイを身の丈にあったものに作り変え、うまく再分配すれば良い。

再分配とかいうと左寄りっぽいかもしれないけど、時代の転換期だからこそ噴出した問題でもある。

 

そういう調整役が政治家であるはずだが、旧態然なモデルプランを掲げ、大票田である大企業や高齢者向けの政策ばかり。自民党も民主党も全く一緒だった。

でもやっぱりそんな政治家を選ぶのは国民であり、そして若者が選挙に行かないってのがこの国最大の問題のように思える。

 

 

絶望の国の幸福な若者たち

絶望の国の幸福な若者たち

 

あのアメリカでサンダース旋風が巻き起こったのに、日本ではそんな気配すらない。

それくらい日本の若者は、日本に絶望している。

でも日本が嫌いってわけではない・・・と思う。

みんな選挙に行こうね!

 

 

女子高生が趣味に金を使うのがいけなくて、これは良いのかよ!

 

 

まとめ

・・・ということでクソ長ったらしくなってしまったので要約すると、

 

・もう高度成長期型モデルプランは死んだから気にすんな。

・身の丈で生きて何が悪い。

・女子高生が趣味にいくら使うことが問題になるレベルだから若者は絶望する。

 

無理な発展や維持より、成熟を目指そう!

そうすれば日本はまだまだ良い国になる。

 

なぜこんなことを書いたかというと、酔っているのと育児休暇が取れなかったからだ。

「え?うち育児休暇あるけど、男は取れないんだよね」

なんじゃそりゃ!