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脳内バックパッカー

自宅にいながら映画や本の世界で旅をしよう

『連合赤軍』を知るためにオススメな本・マンガ・映画

書評 映画 雑記 マンガ

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始めに言っておくが僕はそっち系ではない。

でもそっち系の歴史というのは非常に興味深くもある。なんせ僕の世代からすると、歴史の教科書的存在だから。

しかし、『連合赤軍』というか当時の学生運動を知ってからというもの、大いなる疑問があった。

「なぜスーパーエリートが内ゲバで殺し合いまでしたのか?」

である。

 

そこんところも含めると、やはり学生運動という反体制運動の頂点であり、その終劇でもあった『連合赤軍』を知らずしてなんとする。

ということで、学び知るためのオススメ本・マンガ・映画を紹介しよう!

 

 

おすすめ本『死のイデオロギー』

死へのイデオロギー―日本赤軍派― (岩波現代文庫―社会)
P・スタインホフ
岩波書店
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この矛盾こそが後の悲劇の最大の原因となる。

彼らは統合後、山を拠点に活動することになる。それは毛沢東やカストロのゲリラ運動・・・が理想だったらしいが、実際のところは警察によって追い詰められただけであった。

そしてそこで新組織に新たな儀式とイデオロギーが誕生する。

 

総括と粛清

森恒夫

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連合赤軍の誕生は、指導者を失った過激派が打算的に統合した結果だった。

そんな連合赤軍の新たな指導者となったのが赤軍派の森恒夫である。

森恒夫は一度運動から逃走した前歴がある人物であったが、相次ぐ指導者層の脱落によって棚ボタ氏にその地位についた男であった。

森恒夫が新指導者についたのは、その巧みな理論闘争術だった。指導者たちが抜けた今、残されたメンバーで森に理論闘争で打ち勝つものはいなかった。革命左派の事実上のトップであった永田洋子も、森恒夫に追従することになる。

当時の左翼運動とは、エリートによる言葉遊びにも似た難解な理論武装がなければ話にならなかった。結局は内実がないものであったと今日では暴露されたが。

 

挫折した過去、学歴コンプレックスもあったという森は、連合赤軍が烏合の衆であるという脆弱性と自らの地位が確固たるものではないことに気づいていた

森はまず連合赤軍の主導権を握るために『総括』という儀式を作り上げた。

これは真の革命戦士になるために、自己批判をさせるものだった。

自己批判は当時の学生運動ではよくありがちなことで、自分の過ちなどを自ら話すことで、運動を改善していこうというものや、一種の吊し上げ等にも使われた。

森はこの自己批判に総括という得意の理論を注入した。

森のいう「総括」とは、「意識高揚法」と「曖昧さ」を駆使したただの権力維持の道具にしか過ぎなかった。

 

総括=「意識高揚法」と「曖昧さ」

意識高揚法とは、本来は心理療法で行われるもので強い自己形成を目的とする。その前段階で、グループに批判させて自己防衛を取り除かせようとする。

心理療法では、指導者が行き過ぎにならないようブレーキ役となるが、森は『自己形成=真の革命戦士=共産主義化』として集団を操っていく。

 

曖昧さとは、この総括が全くイデオロギー化すらされていない、誰も正解がわからないものであった。ただあるのは、森の巧みな情報操作だけだった。

 

学生運動はオウム真理教などと同じように、一種の自己啓発の面が強かったため、意識高揚法による自己形成はすぐに認められた。初めは革命戦士となるべくメンバーは自己批判を行っていくが、その追求がどんどん苛烈になっていき、暴力や真冬の山の中に放置されるようになっていく。メンバーは共産主義化を手助けするために追求を強め、自らも共産主義化、ひいては革命のために総括する。

その中で森は巧みな集団操作により、その地位を確固たるものにしていく。異質なグループの矛盾だらけの統合の中での主導権争いは、こうして最悪の男によって支配される道を選んでしまった。

 

なぜ暴力がエスカレートしたのか

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仲間への暴力は歯止めがかからなくなり、最終的にはアイスピックで滅多刺しにしたり、実行こそされなかったが妊娠中のメンバーの胎児を取り出そうなんて狂気の沙汰まであったとか。

なぜここまで行き過ぎたのか?誰も止めようとはしなかったのか?彼らは異常者ではなく、高学歴のエリート集団だったのに。

その疑問を次の引用文がバシッと答えを出している。

日本の合意方式では、いったん組織の賛成の方向に向かったことに関して個人的な反対意見は差し控えるのが普通である。

そして初め反対だった行動にも、きちんと参加することが要求される。

組織のリーダーは、一人でも気の進まない人間がいないよう目を光らせていなければならない。合意には全員一致が不可欠だからである

問題が重要であればあるほど、全メンバーが名目上だけでなく心から進んで参加することが大事になる。この全員一致の参加という鉄則により、他のメンバーの総括に参加することは自分自身の総括獲得に欠かすことができない要因であるという方針は、ますます力を持つようになる。

 

日本社会でよく見られるように、共同参加の意思表明を迫る強大な組織の圧力のもと、この新方針はメンバーをジレンマに追い込んだ。それはイデオロギーを巧みに操る森の才能によって、いっそう力を得ていった。

エスカレートしていく暴力に戸惑いを感じている人間も、弱気な姿勢を少しでも見せることは、自分の非革命性の指標になるのだとすぐに気づいていく。

誰もが共産主義化を勝ち取ることを心から希求していたから、自覚した欠点がそれがどのようなものであろうとも、克服するように努めようと決意していたのである。

したがって不快に感じる暴力にも駆り立てられるように参加していった。それは自分が次のターゲットになるのを恐れてであると同時に、不快だと思う気持ちが怯えから来ていると自覚したからだった。

 

ここにきて胸にグサッとくる日本人論だ。

「NO」という個人主義のアメリカでは、ここまでの集団形成は行われないという。

この引用文を見て、誰しもが心あたりがあるのではないだろうか?

学校や職場のいじめなんかまさにこれだろう。

我が身可愛さにいじめに手を貸したり、悪質な上司の命令に逆らえなかったり、悪いとわかっているのに皆がやっているから仕方なく手を貸してしまったり・・・

森による「総括」は、真面目に革命を成し遂げようとしているエリート日本人達にとって一番効果的だったのだ。

運動を続けてきたという自負、転向したり脱落していった運動家とは違うというプライド、費やした時間と労力への思い、そこに日本式の合意に基づく集団形成が働くことで、12名もの命が失われた。

閉鎖的な山での逃亡者達によって行われた殺人は、あさま山荘事件後に発覚する。

ちなみに森は逮捕されると、自らを総括し、東京拘置所で首を吊った。享年28歳。

 

その他おすすめ本

死へのイデオロギー」は他にもテルアビブ空港乱射事件の岡本公三のインタビューも書かれており、当時の世相と運動の歴史を知る上ではベストな本だ。

内容も難解さはなく、入門書として最適だと思う。

 

他には、

あさま山荘1972〈上〉

革命左派と連合赤軍の幹部であった坂口弘の著作。あさま山荘事件で立てこもったメンバーのリーダー格だ。幹部目線での運動の総括が行われている。けっこう生々しい。

連合赤軍物語 紅炎

こちらはドキュメンタリー調なので、登場人物や歴史を勉強できる。

兵士たちの連合赤軍〈改訂増補版〉

これは連合赤軍のいち兵士であった植垣康博(元赤軍派)の述懐の書。こちらは兵士目線で、疑問を感じながらも内ゲバに手を染めていく感覚が非常にリアル。

ちなみに彼も総括対象になっており、その恐怖も綴られている。

 

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おすすめマンガ『レッド』

レッド 1969~1972(1) (イブニングコミックス)
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レッド 最後の60日 そしてあさま山荘へ(1) (イブニングコミックス)
実録・連合赤軍 あさま山荘への道程 [Blu-ray]
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こちらの記事で僕の好きな映画7位に食い込んだ鬼才若松孝二監督作品。

連合赤軍を知りたければ、まずこの映画を見たら良いかもしれない。

陰惨で残酷なシーンが、一歩一歩あさま山荘へ向けて歩いていくような映画だ。

映画としても最高級の出来だが、連合赤軍の持つ狂気を題名通り「実録」として表現している。

まあ、怖い。

正直、一回しか見ていない。

直視できないトラウマレベル。

 


「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」予告編

 

 

まとめ

①指導者なき行き詰まった活動家グループの打算的な統合

そもそもなぜ山に行ったかというと、毛沢東の真似をしたつもりらしいが、実際のところ警察に追いつめられたからである。活動当初からの指導者たちは警察によって壊滅させられ、活動自体が危ぶまれることに。

残された未熟な活動家たちは、自らの存続のために相容れない統合を図り、山へ向かった。

 

②主導権争いと逃げ場のない環境

(一応対等な)異なるグループの統合によって、水面下で主導権争いが起こる。

初めはグループの威勢の張り合い(革命左派はすでに逃亡者を殺していた)だったが、次第に暴力をも無理矢理イデオロギー化させていく内に収拾がつかなくなり、内ゲバによる殺人となった。

そこには森の集団操作と日本的な集団心理が働き、さらに真冬の山という逃げ場のない環境によって、その内へ向かう暴力は歯止めが効かなくなる。

 

③左翼運動の終焉

あさま山荘事件によって警察と戦う彼らの姿は一種の英雄となった。

だがその興奮冷めやらぬ内に、山岳ベース事件によって内ゲバで12名も仲間を殺していたことが発覚。一気に英雄像は崩壊し、ひいては左翼運動=過激派のレッテル貼りとなり、革命のための大衆運動化が不可能になってしまう。

結局、運動全体が下火となり、海外に拠点を持ち世界でテロを繰り返す日本赤軍のような国際過激派を残すのみとなった。

そんな彼らも山に追いやられた連合赤軍と同じように、海外に逃亡しただけなのであった。

こんなところが連合赤軍の顛末だろうか。

 

エリートを自負する若者が、日本を良くするために革命を目指し活動していくが、主導権争いや警察によって追い込まれていき、その中でも純度の高い人間たちが集まったのが連合赤軍だった。

活動家としての強いプライドが、「追い詰められること」と「今までの努力が水泡に帰すこと」の恐怖心と混ざりあうことで、革命戦士という虚像を作り上げアイデンティティのすがるところとなってしまった。

結局のところ、日本を良くするはずの運動が、その運動自体の存続こそが最優先事項になってしまった。

そのため運動に使うための資金や銃器を盗む際も、「これは国家により盗まれた本来人民のもの・・・」なんていうイデオロギー的言い訳を繰り返す。

山に押し込まれ逃げ場もなく展望もない状況で、彼らにできることは運動存続のための士気高揚という名の痩せ我慢だった。共産主義化等の言い訳をしながら、内ゲバによる運動の存続維持を繰り返す。この禁断のカンフル剤は歯止めが効かない。気づけば、外に向けて使うはずのエネルギーが、内へ流れ込み、12名の死者とあさま山荘事件につながる。

結局のところ、彼らの命を懸けて存続させようとした運動は、彼らの自業自得によって廃れていった。

 

これは行き過ぎた結果ではあるが、意外に集団心理の根底は、誰もが体験したことではあるまいか?

連合赤軍の山岳ベース事件とは、集団の持つ力が内へ向かってしまった極致であると思う。

「死のイデオロギー」の著者スタインホフは、連合赤軍に統率力のあるリーダーと平等主義と外部の目があればあのような事件は防げたと話す

連合赤軍には、権力に取り憑かれた年功序列リーダーとピラミッド型ヒエラルキーと閉鎖的な環境という正反対の条件が揃っていた。

この事件は単なるイカれた集団として片付ける訳にはいかない、人間の闇の部分であると思った。