脳内バックパッカー

自宅にいながら映画や本の世界で旅をしよう

映画『ダンケルク』は戦争映画ではない。

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久しぶりに映画館へ行った。

クリストファー・ノーランとハンス・ジマーのコンビは映画館で見なければならない。

2Dだったけども、本当はIMAXシアターに行きたかった。

つうかIMAXで見なければ、死ぬまで後悔しそうだ。

でも、とにかく歴史を変えるような映画であったのは間違いなく、そして珍しくガイドブック買っちゃった。

 

 

【目次】

 

 

映画を見る前に

※ここからはほぼネタバレ無し

僕は身銭を切って映画を見に行く場合、一切の情報を得ること無く、素っ裸で突撃するのが常なのだが、この映画は「ダンケルク」とは何か?そこで何が起こったかという歴史的事実と背景は知っておくべきだ。

なぜならあとでも書くが、この映画は「ありのまま今起こったことを話すぜ」的な説明くさい情報はない。クリストファー・ノーラン映画に、ボルナレフは不要なのである。

最近の映画に顕著だが、何かと状況説明が入る風潮をクリストファー・ノーランはガン無視した。

 

だが「殺風景なビーチで大勢の兵士が終業式のように一列に並んでいるシュールな光景」の理由を知っておけば、映画の楽しさはぐんと跳ね上がる。

 

ダイナモ作戦 - Wikipedia

前情報はウィキペディア先生くらいで良い。グーデリアンとかまで広げていくと、夜寝られなくなるので注意。

 

 

非戦争映画にして、新しい映画の姿

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クリストファー・ノーランは「この映画は戦争映画じゃない。サスペンスだよ」と言った。

この映画はサスペンスらしい。

映画を見たあと、この一言は全身全霊で納得である。

簡単に言えば、この映画は「体験」だ。

戦争体験ではなく、「体験」である。

 

戦争映画は、「プラトーン」や「ディア・ハンター」などの名作はもちろん、「地獄の黙示録」や「戦場のはらわた」などの怪作ですら、「戦争へのメッセージ」が含まれている。

平和、死、人間の残虐性、戦争の恐怖、戦争の不毛さ、指導部の無能さ、下士官の哀れな死、兵器の破壊力、上官の罵詈雑言、ナパームの臭いは格別、ベトナムでもサーフィンできるんだなあ、太り過ぎなグリーンベレー、デニス・ホッパーの体臭、イカれる監督とその監督を撮る妻・・・おっと途中で個人的趣向に逸れてしまったが、まあこんなメッセージ性がどこかしらに挿入されているのが戦争映画であり、戦争映画を作る大義名分でもある。

ただドンパチやるだけならスティーブン・セガール映画のようになってしまうし、逆にメッセージを込めすぎると「ある種の制約」に縛られてしまう。

そんな戦争映画カテゴリーをスピットファイアで蜂の巣にしたのがこの映画である。

では、この「体験」を演出する3つの重要項目で上げてみた。

 

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①個人の視点の集合体

クリストファー・ノーランはすべて「体験」のみを切り取ってこの映画を構成した。

この映画は、戦争映画にありがちな情報がほぼない。

まず代表的なのは、「敵兵の姿が見えない」のだ。

英仏軍とナチスドイツ軍の戦いなのだが、ナチスドイツ兵の姿は全編通じてシルエット程度しか現れない。

砲弾や爆撃機は飛んでくるが、視点は全て英仏軍の一兵士の目線だけである。

カメラは一切ドイツ兵を映さないし、ドイツ兵の視点すら排除されている。

 

よって戦争映画にありがちな、全体を見渡す俯瞰の視点がない。

将軍や作戦会議や総統のお姿も無い。あるのはダンケルクにいる兵士たちとそこを目指す英国人のみだ。

俯瞰の視点は状況説明に適している。敵味方の違いや、空間の違う場面がある戦争映画ならば、情報の整理がなければ何がなんだかわからなく可能性がある。

だが「ダンケルク」は、一兵士や救助に向かう市民たち個人の視点=体験の集合体なのだ。しかもこの体験を違う時間軸を入り混ぜている。普通なら着いていくのがやっとになりそうな映像だが、そこが「ダンケルク」の最大の見所である。

 

唯一整理されているのは、「空間と時間」の設定だ。

①ダンケルクの浜で待機している兵士たちの一週間

②英国本土からダンケルクへ救助に向かう民間船の一日

③英国本土からダンケルクへ援護に向かう戦闘機の一時間

この3つを複雑に混ぜながら、映画を進行していく。

時間軸も実際の時間ではなく、時折前後する。

この時間の使い方がとても巧妙で、A場面で起こったことがB場面で正反対の意味になっていたり、A場面で安心したことがB場面で大変なことだった!ってことも。これは是非本編で「はぁあ!?」ってなってほしい。

 

この3つの視点と時間で起こる体験の断片を複雑に、そして速射砲的に打ち込むことで、実際の戦場にいるという体験を越えた「生身の体験」へと昇華していく。

この「生身の体験」へと昇華させていく構成は今までの映画の破壊そのものにして美しくもあるが、それを完璧に近づけるのはキャスティングだ。

 

 

②キャスティングの妙

この映画の主役たち、特に①のダンケルクの浜にいる一兵士を演じたのは、ほぼ無名の俳優だ。

※スーパーアイドルである元One Directionのハリー・スタイルズもいるが、演技は初めてだし、アイドル感一切ないのでご安心を。

よって穿った見方をする僕のようなやつでも、主役たちがいつ死ぬのかさっぱりわからない。

日本のサスペンスドラマなんかだと、俳優を見るだけで重要人物がわかってしまうが、あの感じは一切ない。

現場の最高指揮官などの重要な役は、それに見合った配役だ。

もちろんクリストファー・ノーラン御用達の俳優もいる。

 

クリストファー・ノーランが無名の若い俳優を使ったのは、実際の兵士たちと近い年齢の若者が演じるからこそ、というのがあった。

ついでに「ハリウッド映画で年取った俳優が若作りメイクして若者演じるの可笑しくない?」的な意見もあったとか。

 

映画を見ると、演技以外のイメージをほとんど排除した配役により、「一兵士」を完璧に映し出せたと思う。

「一兵士」を描くのは、意外に難しいことだと思う。「一兵士」とはその他大勢であり捨て駒であり戦争そのものであるが、少しでも強い個性が入ると「一兵士」ではなくなる。

「一兵士」を描いた名作といえば、「プライベート・ライアン」だが、プライベート・ライアンは「一兵士」が主役であり、「一兵士」だけを描くからこそ、「一兵士」たちのエピソードを積み重ね、「一兵士ではない一人の人間」として描いていた。

だが「ダンケルク」は、「一兵士」を描きたいわけではない。戦争そのものを映像化し、それを観客に「体験」させることが主目的だ・・・とおもう。

 

なので、「ダンケルクの一兵士」たちの個人的エピソードは一切なく、エキストラの兵士たちと対して情報量は変わらない。というかまずセリフすら無い。主役の子のセリフは原稿用紙一枚無い。

普通の戦争映画の流れ弾で死ぬそこらの一兵士が、主役なのだ。

 

こんな大規模な映画でこのキャスティングができるってのが、大監督である証であり、作品への強いプライドを感じる。そして俳優に対する信頼感のなせる技でもある。

邦画もこっちの路線で頑張って欲しいものだが・・・

 

 

③CGほぼなしのガチンコ映像

そして「ダンケルク」というかクリストファー・ノーランの真骨頂といえば、CGを極力使わないガチンコ撮影だ。

「ダンケルク」では、大解像度を誇るIMAXのフィルムでホンモノのスピットファイアを撮った。

あのスピットファイアだよ。そもそも実機があったのかよ!

 

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スピットファイアといえば、第二次世界大戦の英国の主力機。日本でいうゼロ戦だ。

現在のCG技術はホンモノと見間違えるほどだが、やはり実写でしかも実機ともなれば、さすがの現在の技術でも勝ち得ないだろう。

 

パンフレットによれば、兵士役のハリーくんがクリストファー・ノーランに靴紐の結び方を注意されたとか。当時の兵隊の靴紐の結び方すら調べている監督のホンモノ志向は、映像の随所に観ることができる。

なんせ実際のダンケルクで撮影しているのだから。

 

 

 

以上のように、「ダンケルク」は徹底した「体験」をさせるための実験映画のようだ。

お気づきだろうが、現在、というか今までの主流であった映画の手法をすべて無視した映画だ。

状況説明や著名な俳優やCGを使わないことで、観客に今までにない体験をさせる。

この映画には「あるある」すらないのだ。

 

主人公がいつ死ぬのかすらわからない。なんせその辺の兵士と何も変わらないからだ。主人公がどこの生まれでどんな家族構成で何のために戦争に来たのか、一切わからない。もちろん主要キャストの殆どが同じ条件だ。

だから普通の映画では主要キャストが絶対死なないであろう銃撃や爆発ですら、毎回ドキドキする。

何が起こっているかもよくわからず、そして脚色のほとんどないリアルな戦場がただ存在している。

この映画の主役は「観客」である。観客一人ひとりが主役なのだ。

 

 

まとめ

 

DUNKIRK

DUNKIRK

 

兎にも角にも素晴らしい映画であり、ちょっと革命的な映画であった。

そして劇場で見たい映画でもある。

昨今の量産型映画では感じられないリアルさがある。

もう映画は古い。あらゆる手が尽くされ、もはや「あるある」のパズルのようだ。

そこを割り切ってキャストや話題性頼りの映画・・・にもう飽き飽きした皆様、この「ダンケルク」はまさにこれからの映画の指標になるかもしれない。

こんな映画は最近では、「マッドマックス 怒りのデス・ロード」くらいだ。

以上、静かなマッドマックスこと「ダンケルク」の感想でした。

 

 

nounai-backpacker.hatenablog.jp

 

新しい趣味を探す前に知っておくべきポイント、個人的趣味の考察より(カメラ・登山・サーフィンを例に)

僕の人生とは、まさに本道からの抜け道探しである。

勉強や部活に勤しまなければならない学生時代、そして労働という国民の義務に耐えねばならない社会人となった今でも、僕の熱い眼差しの先にはいつも「趣味」があった。

僕は「~しなければならない」ものが大嫌いである。少しでも肉体的精神的に束縛を感じようものなら、全身全霊を持って後回しにする。

そこで趣味だ。本道からの脇見運転の先には、いつも輝かしいばかりの多種多様な趣味のネオンが輝いている。

ということで、今回は趣味について

趣味とはたくさんあるが、本道ではないがために限られた予算を投入することになるので、自分にあった趣味を見つけることがパンチの効いた人生の調味料となる。

では、数ある趣味を個人的な体験を踏まえて、各指標を下に考察してみる。

僕の趣味であるカメラや登山などを指標を使って考察するので、何か趣味を探している人への参考になればと思います。

 

★指標

初期投資コスト・・・いざ始める時にどれくらいの費用が発生するか

難易度・・・技術的な困難さ

展開・・・そこから広がっていく様

頻度/アクセスのしやすさ・・・その趣味を行うハードルの高さ

ランニングコスト・・・その趣味を行う上でかかる費用

危険沼度・・・その趣味にハマってしまい人生を棒に振るといわれる「沼」の危険度

 

目次; 

 

カメラ

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歴史の古い趣味の一つであり、趣味界の老師と呼ばれている。

家族やペットを撮るために気軽に始めたが最後、そこには沼で溺死した先人の屍が地平線の彼方まで広がる。

でもなぜか皆、そのデスマスクは恍惚だ。

 

初期投資コスト

最近はカメラの種類が増えすぎて何とも言い難い。

スマホのカメラの性能が飛躍的に向上したために、カメラ界は今激動の時代を迎えている。

コンパクトカメラなら1万円から購入可能だが、ここではデジタル一眼レフカメラを例とする。

 

 

ニコンのデジタル一眼レフカメラの入門機が、ボディだけで60000円ほど

「ボディだけ」がわからない人にとって悲報だが、デジタル一眼レフカメラはレンズが別売りだ。もちろんセットでも売っているが、このカメラの場合レンズが2本セットで85000円ほどになる。

これにSDカードが最低限必要だ。SDカードは腐るほど酒類があるが、初めは8~16GBもあれば十分である。

そしてデジタルカメラは写真データ管理はもちろんパソコンで行うことになる。

パソコンがすでにあるならば、入門機セットだけだと7~10万円もあれば揃えられる。

 

難易度

今のカメラはオートでなんでもやってくれるため、きちんとした写真を撮るのは非常に簡単だ。

だが、一眼レフカメラはF値やISOや露出などを熟知していなければ、あなたが撮りたいと思える写真は手に入らない。これはカメラ雑誌や専門書を読んで勉強するしかない。

デジタル化されてからは、現像といった難解な作業から開放され、しかも撮ってすぐ写真の出来を確認できるようになったので大幅に難易度は下がったかに見える。

だが今はパソコンを使って、撮った写真をレタッチすることが可能になった。もちろん写真データの管理はパソコンで行うため、それなりの知識が必要だ。

 

展開

カメラを一通り楽しんでくると、自分の撮りたい被写体(鉄道、ポートレート、動物、自然etc)が決まってくる。そしてその被写体によって展開が大きく変わる。

例えば僕は山を撮る。山なのでもちろん車で移動して、登山装備に身を包み、野山を駆け巡るわけだ。そうなると、カメラの知識以外にも、登山知識と技術は必須になってくる。

こういったように、被写体によってカメラの世界は奥深く、そして罪深くなっていくのだ。

また三脚やライトなど、初めは興味のなかったカメラアクセサリーが欲しくなってくるはずだ。カメラは本体と技術だけでは賄いきれない事案が数多く存在する。展開によっては、機材だけでもかなりの量になっていくだろう。

 

頻度/アクセスのしやすさ

これも被写体による。街で散歩しながら日常を切り取る森山大道タイプであれば、仕事帰りでも可能だ。自然や鉄道などであれば、もちろんその場に行かないと話にならない。ということは、必然とアクセスのしやすさは変わっていく。

また、「夜景が撮りたい」のように時間にも左右されるのがカメラ。夕方のマジックアワーのように一日のほんの一瞬しか撮影チャンスが無いものもあれば、一年のある季節だけなんてこともある。

 

ランニングコスト

ただ撮影をするだけなら、(デジタル一眼レフの場合)機材さえ揃えばランニングコストは移動費くらいだ。強いて言えば、電池の充電の電気代くらいか。

だが、後述するがレンズや三脚やカメラバックなど、沼にハマっていけば大変な惨事になる。

 

危険沼度

カメラを趣味にするということは、必然とレンズ沼という危険極まりない底なし沼に足を踏み入れることになる。

一眼レフタイプはカメラ本体とレンズが別売りだと先程述べたが、このレンズというのが非常に難解且つ奥深い。

だいたい最初のキットレンズは「標準ズーム」と呼ばれるもので、人間の視界に近いものが多い。だがキットレンズはあくまでも、「普通の写真」を撮るためのものであって、ちょっとでも凝ろうとすればそこには沼が口を開けて待ち構えている。

例えば運動会で子供を撮るとする。標準レンズでは、おそらく全体の風景しか取れない。標準レンズだと、近くのものしか撮れないからだ。なので望遠レンズが欲しくなる。

自然を撮りに行くとする。素晴らしい大パノラマが広がる山々、ここでも標準レンズだと全体を写真に収めることが出来ない。ここで広角レンズが欲しくなる

料理や物を撮るならマクロレンズが欲しくなるし、もっと明るくて高画質な写真が欲しければ単焦点レンズなんかも良い・・・そんなことを言っていると、手元にずらっとレンズが並び、通帳の印字が涙で見えなくなるだろう。

 

www.nikon-image.com

ためしにニコンのレンズラインナップを見てみよう。

「本体より高いじゃないか!」と思ったあなたは恐らく、「こんな高いレンズいらねえよ!」と心の底から感じるに違いない。

だがそれは撮影枚数が増えれば増えていくほどグラついてくるはずだ。

「ああ、せっかくのシャッターチャンスが・・・あのレンズなら間違いなく逃さなかっただろうに・・・」

「ああ、ピントが合わない。もっと明るいレンズがあれば・・・」

「ああ、もうこのレンズじゃダメだ・・・」

 

カメラのレンズは非常に良く出来ている。それは性能のことではない。

「なぜか何を使っても少しだけ足りない感じがする」絶妙な設定のことだ。どんなレンズを使ってもそれなりに満足はできる。だがあと一つ何かが足りない。なんだろう?それは・・・

こうしてレンズ沼に指の先まで沈み込んでいく↓

 

togetter.com

だからヨドバシには行くなよ!絶対!

 

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登山

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※写真はネパールのヒマラヤ山脈に行ったときのもの。

日本は山国なので、登山はかなりポピュラーな趣味の一つ。

休日に自然でゆっくりするのは心地よく、しかも健康的だ。

だが登山も「テントを担いで槍ヶ岳!」なレベルになると、かなり難解な世界に没入することになる。

 

初期投資コスト

近場の低い山程度なら、リュックサックとカッパと登山靴があれば事足りる。

だが1000m以上になると、ちゃんとした登山装備を買わなければ、命にかかわることもある。もちろん登山の知識と技術もそれに伴う。

特に、バックパック、登山用レインジャケット、登山靴の3つは最低限揃えておきたい。

 

 

登山用バックパックは、雨や衝撃に強く、背負いやすい構造になっている。普通のリュックサックなどは、登山道を歩く際に大きく揺れたり、肩の一部分だけに負担がかかったりしてしまうが、登山用バックパックなら背中や腰でしっかり背負うため非常に安定している。

日帰り登山だとしても、食糧や飲水、地図、レインジャケットなどなど、けっこう荷物もあるので、20L~30L くらいあれば申し分ない。この大きさなら1万円前後で買える

 

 

登山用レインジャケットは、雨風だけでなく命を守る物だと思ったほうが良い。普通のカッパや傘だけでは、山の上の強い雨風には耐えられない。真夏でも雨や風で体温を奪われて死んでしまうケースは少なくはない。

登山用レインジャケットは、雨を防ぎ、湿気を外に出すよう作られている。かなり薄い素材でも、普通の雨くらいなら全く水を通さない。それでいて運動により発生した汗による湿気は外に出るので、体を冷やすことはない。

安いものなら7000円くらいからある。2,3万円するものは、より雨や衝撃に強く、なおかつ軽くなっている。

 

 

初心者レベルの山でも、岩場や樹林帯を歩く場合は登山靴が欲しい。

登山靴は滑りにくいソールで、濡れにくい。初心者ならハイカットタイプの方が捻挫しにくいので、オススメだ。

山の中で捻挫してしまうと、誰かの手を借りなければ下山できないため、足元はしっかりしたものにしておきたい。低山レベルなら1万円前後である。

 

ちなみに写真は全部日本の登山メーカー「モンベル」のものだ。モンベルは派手さはないが、コストパフォマンスはおそらく世界最強なので、モンベルで揃えておけば間違いない。でもけっこう人とかぶる。

以上、初心者セットであれば3~5万円も出せば事足りる。

 

難易度

登山は近所の山からエベレストまであるが、難易度設定はかなり明確にされている。

 

www.yamareco.com

ヤマレコなどを見れば、難易度がわかりやすいため、難易度を知る難易度は低い(笑)

なので、自分のレベルに合った山に行けば、十分楽しめる。

 

もちろん日本アルプスの3000m級に行けば、岩場も多く長大な縦走にもなるので難易度は高い。また、逆に誰も知らないような山だと登山道もなかったり、荒れていることが多く、人も少ないため危険度が高かったりする。あと冬山はとても難易度が高いため、上級者と一緒に行く方が良い。

また難易度が上がれば、クライミングなどの技術や地図や天候を読む知識は必須だ。テントを担いで、食事から何から全部行う場合は、道具の使い方などの知識も必要になる。

難易度はわかりやすいが、命に関わる事が多いので、最低限の知識だけでも知っておきたい。

 

展開

登山は山や季節で楽しみ方がかなり変わる。

同じ槍ヶ岳登山でも、山荘に泊まる、テントで泊まる、縦走する(周辺の山も歩く)、岩場を登る(クライミング)、冬山を攻める、写真、絵を描く、トレイルランニング・・・と多種多様なスタイルがある。それぞれ装備は変わってくるし、難易度も違う。

高難易度のクライミングになれば危険を伴うためロープ技術などは必須で荷物も多い。縦走だと何日もかけて歩く場合は荷物は多く、かなりの体力が必要だ。だが槍ヶ岳だけ登り、山荘に泊まるのならば、登山道を歩けば良く荷物も少なくて済む。

だいたいの人はテントを担いで縦走くらいの展開だと思う。冬山やクライミングやトレイルランニングなどは上級者向けだ。

テント泊装備を一通り揃えると、安くても10万円以上はかかる(例:テント4万円) 

 

頻度/アクセスのしやすさ

登山の難点がアクセスの悪さだ。

もちろん有名な山の近隣に住んでいるなら良い。

だが登山口はだいたい山の奥深くなので、そこまで車やバスで行かなくてはならない。またテント泊で縦走ともなれば、3~4日は欲しくなるだろうし、移動日も含めるとけっこうな時間が必要になる。日本の一般企業で務めている場合、ここが最大のネックになる。登山は天候や季節も重要なため、前もって休みを取っても、台風が来て登山中止なんてことも多い。

アクセスは有名な山はだいたい日本アルプスにあるため、中部地方が登山のメッカとなる。もちろん北海道や東北、九州なんかも良い山はある。

だが僕のように中国地方という登山僻地に住んでいる場合で尚且つ3000m級の山に登りたいと思った場合は、かなりの時間と費用を要す羽目になる。

あくまでも有名な山に行きたい場合だと、日本アルプス級の山々に近い人と遠い人だと頻度/アクセスにかなり開きがある。

 

ランニングコスト

消耗品でいうと、調理用のバーナーで使うガスカートリッジなどだが、登山装備も劣化するので、定期的に装備を買い換えることになる。また買い足すことにもなる。

今は目まぐるしく登山装備が進化多様化しているので尚更だ。最近のブームでいうと、ウルトラライトという軽い装備で軽快に山を楽しむ人が増えている。これがまたカネがかかるのだ。たった数百グラム軽くなるだけで、値段が数倍になることも。そこに価値が見出だせるか、ただの広告に踊らされた消費と観るかはあなた次第だ。

 

ランニングコストで大事なのが、登山口までのアクセスだ。

奥まったところにあるため、車か公共交通機関は必須だ。先程のアクセスの項で述べた通り、目標の山から遠ければ遠いほど、費用や時間は増える。登山のランニングコストを高める理由は、登山口が辺鄙なところにあるためだ。

例えば、槍ヶ岳に行きたい場合は、上高地か新穂高温泉に向かうのが一般的。直通バスも出ているが、大都市か近隣の駅からの発着が多い。もちろん本数も少ない。車で行く場合も、同じだ。

僕が関西に住んでいる時に、白根三山(山梨県)に行った時は、大阪(梅田)まで電車→夏季限定高速バス(山梨経由)→甲府駅(山梨県)→タクシー乗り合いで登山口。帰りは奈良田から優しい登山者に静岡まで車で送ってもらって、新幹線で帰宅。移動やビジネスホテル宿泊代を入れると3万円近くなった。

※車で行く場合も難点があって、車だと駐車場まで戻らなくてはならないため、自ずとコースが限られてしまう。

 

危険沼度

 

これを読めば、登山沼は理解できます。

 

 

サーフィン

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最近始めたサーフィン。

実家(中国地方の奥地)に帰省したことにより、森林限界以上の雄大な縦走登山が困難になったため、近場でできるものと思い初めてみた。デスクワーク主体の仕事になったため、ルーチン地獄と運動不足のWパンチにより精神の荒廃が著しく進んだため、何か運動してみようということに相成ったのだ。

サーフィンはまだクソ初心者なので、初心者らしい情報を書いてみる

 

初期投資コスト

サーフィンの良い所は、後述するが海さえあれば無料でできるということだ(夏期は駐車料金がいる模様)

なので最初の難関は道具を集めるということ。この道具を集めるということこそ、趣味の中で一番楽しいひと時でもある。

サーフィンで必要なものは、サーフボード、フィン、ワックス、リーシュコード、デッキパッド・・・初心者には非常に難解な道具の数々。

う~ん、何を選んでよいかわかりにくい。

サーフィン道具を調べるために、ネットサーフィンしたところ、初心者セットなる便利なものを見つけた。

 

 

7点セットで42,984 円。ジャパネットたかたっぽい音声が脳内に響く。

サーフショップに行けば、中古でもボードはかなり高く、しかも破損するリスクもあるのでこちらにしてみた。

ちなみにサーフボードには、ショート、ファン、ロングと3種類ある。これは読んで字のごとく、ボードの長さの違いだ。ボードが長ければ簡単に乗りやすく、短ければ波を切るような動きがやりやすい。初心者は当分の間、立つのがやっとくらいらしいので、ショートの長めという中途半端なボードにしてみた。まだ数回しか利用していないので、詳細はまた後日。

 

 


 

ウェットスーツも必需品だ。6月の海でも、ウェットスーツなしで入っている人は殆どいない。日本の場合だと、7,8月以外は海パンだけでのサーフィンは難しいようだ。

ウェットスーツはこれまた格安モデルにした。

ZEAKのウェットスーツは13,500円とびっくりするほど安い。

もちろんオーダーメイドではないので、ピッタリとしたフィット感は難しいが、サイズ変更は無料だ。

ウェットスーツは材料のゴムやスポンジ等の塩水による劣化は避けられない。初心者は、このレベルで試してみるのが良いと思った。うまくなったら、オーダーメイドも視野に入れてみよう。うまくなればね。

 

ということで、ひとまずは初心者セットと格安ウェットスーツで6万円ほど。これにポリタンク(水浴び用)やソフトバケツなどの小物を合わせて、7万円くらいで初められた

近場のサーフィンショップで道具を揃えたほうが、ホームの海のことを教えてもらったり、サーフィン仲間を紹介してもらったりと利点も多いし、サーフィンスクールで技術的なことも教えてもらえる。が、そういうのが苦手なタイプか若しくはいきなり高い道具を購入することに抵抗がある人は、ネットで道具を揃えるのも良いかもしれない。

あとこれが重要だが、サーフィンで最も大事なのが車である。長いサーフボードを乗せて、しかも荷物がすごく多いので、大きな車であることに越したことはない。

 

難易度

サーフィンはおそらく普通に生活していれば、ほとんど誰かに教えてもらうことはないし、体験することもない、割りと遠いスポーツだと思う。学校でも習わず、部活でも殆ど無いし、スポーツ用品店でもそんなに見かけない。何だかチャラくてDQNっぽいイメージが有る。

だが実際のところ、あらゆるスポーツの中でも、 かなり難易度が高いようだ。ボードの上に立つくらいは直ぐにできそうだが、それすら出来ずに辞めていく人が多いらしい。ネットサーフィンでは怖そうな上級者たちが「10年やってからナンボのもんじゃい」的なことをおっしゃっている。

この前ちょっとやってみたが、パドル(手で漕ぐ)で沖まで出るだけでも一苦労で、少し波が強いだけでもふっ飛ばされそうになる。少しの間はボードの上に立てたが、すぐにバランスを崩してしまう。海の中でしかも自然が作る波に乗るという芸当は、恐らく今まで生きてきた中で殆ど使わなかった筋肉と感覚だ。

だが気長にやれるという意味では、とても良いスポーツだ。海に入るのはとにかく気持ちが良い。それに朝方の生活になる。朝の方が風が弱く、波がきれいに立ちやすいからだ。なので非常に有意義な休日を送ることができる。サーフィンの良いところはそういった生活スタイルまで変えてしまうところかもしれない。

 

展開

近場の海で鍛えたら、今度は遠征に出ることになるようだ。

なぜなら日本は四季のある国で、それは波にも影響がある。太平洋側と日本海側でもぜんぜん波の旬は違うし、同じ太平洋側でも地域でこれまたぜんぜん変わってくる。

なので良い波を求めて、日本だけでなく世界を旅する人もいるようだ。

他にも大会に出てプロになったり、そういえば東京オリンピックでは正式種目にもなったし、これから流行っていくかもしれない。

 

頻度/アクセスのしやすさ

これが最大のネックだろう。

登山と同じで、海が近くなければそう簡単には行けない。なんせ朝が絶好のサーフィンタイムなのだ。しかも天気や風の影響をもろに受けるので、せっかく行ったのに波がショボいなんてこともある。もちろん近くに海があっても、時期がずれれば波は悪くなる。とにかく自然任せなので、海に近いことに越したことはないが、時間が読みにくくはなる。まあ登山よりはアクセス自体は良いと思う。

またそういった理由で、絶好のサーフィンシーズンに入った地域では、海が人であふれることもあるという。ローカル(地元民)優先などの海の中でのルールもあるので、混み合う海はちょっと敷居が高い気もする。

 

ランニングコスト

サーフィンを行う場はもちろん海で、(駐車料金以外は)基本的に無料だ。アクセスさえ良ければ、趣味としては最高かもしれない。

ランニングコストはやはり移動費が一番かかるだろう。先程述べた通り、日本は海に囲まれているが、意外にサーフスポットが少ない。これに時期が加わるので、年中楽しみたい人は、とにかく移動に次ぐ移動だろう。

他にもボードなどの道具も壊れやすいものもあるし、ウェットスーツなどは劣化しやすい。消耗品でいうとワックスや日焼け止めなども必要だ。

あとコストでいえば、道具の手入れがけっこう大変だ。日光と塩水はだいたいのものに対して大変よろしくない影響を与えるため、ボードやウェットスーツなどはとにかく使用後は真水で洗ったり、日陰で干したりとけっこう大変だ。ワックス塗ったり、車が錆びないよう洗車したり。この行程も含めて楽しめるなら気にしないけど。

 

危険沼度

どっぷりハマると、サーフスポットに移住する人もいるとか。

サーフィンはけっこう競争のあるスポーツだが、割と気にせずライフスタイルとして取り入れている人が多いように思う。趣味というより、生活に近いので、沼というよりはそれこそ海のような感じだろうか?

 

 

オーディオ

趣味界のゼウスこと、オーディオの世界。

もういろんな意味で桁が違うので、これだけ見て欲しい。

 

jp.wsj.com

天下のウォール・ストリート・ジャーナル様が、オーディオ沼の神々の生態を調査している。

オーディオはもう人間の能力を越えた先の超感覚の世界であり、凡人には1000円のケーブルと10万円のケーブルの違いすら計りかねる。

 

nounai-backpacker.hatenablog.jp

僕は初心者セットだけで、オーディオ沼から吐き出された。

 

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まとめ『趣味とはなんぞや?』

趣味というものは、近代になって発明された新参者らしい。

趣味は資本主義が生んだ副産物である。日本も伊勢参りが流行った平和な江戸時代なんかは、釣りや歌舞伎見物なんてものがあったようだ。だが近代の趣味は、資本主義が産んだ大衆が忙しい合間に無理くりするものである。

それまでの時代になかったベルトコンベア式のルーチンワークや高度な知的労働は、そもそも人間の性質に合っていないものだ。

 

nounai-backpacker.hatenablog.jp

サピエンス全史の書評でも書いたが、とにかく人間は集団で一箇所に集められるようには出来ていないし、現代社会のような複雑怪奇なルールの中で生きるようにも出来ていない。重さ1トン近い物体がブンブン走り回っても平気で横断歩道を渡れる行為こそ、如何に人間が複雑なルールに縛られているかわかるだろう。

これに労働が加わることで、生産者であり消費者でもあるわけだから、趣味はまさに現代社会にマッチングした行為である。

何のために働いているのかわかりにくい中で生まれたストレスを、商品で消費させるなんて、とんでもなく素晴らしいシステムではないか。

趣味はまさに労働の対極にありそうで、その循環の中に燦然と輝いているわけだ。

 

なので、何となくストレスを感じたり生きがいなんか求めるのは、人間の必然なわけで、それを消費することで消費すれば、経済は潤滑に回っていく。

だから趣味とは、本来の人間性への疑似回帰なのだ。

朝早起きして、スポーツしたり、バイクでかっ飛ばして事故したり、バラの品種改良に勤しむような生き物は人間だけだ。本来、必要のないことにエネルギーを使うことは、必要だとされていることに従事することへの反動ではなかろうか?

これは豊かになったことで生まれた余剰のおかげであるが、その豊かさを享受するためには、ますます複雑な世界の中で生きることを意味する。

そんな矛盾を解決するのは、そう!趣味なんですよ!奥さん!

 

だから旦那さんが、レンズを買い漁ったり、数百グラム軽いからと新しいレインジャケットを買ったり、このベースの音がたまらんと1m数万円のケーブルを買ったり、音が良いとバイクの性能にはさほど関係のないマフラーを買ったり、エベレストの最難関ルートである南西壁の冬季単独登攀を試みたりするのは、これはもうDNAのせいなんです。

※全国の肩身の狭い趣味お父さんたちを弁護するために起草しました。文部科学省さん、どうか日本の趣味人たちを忖度して、これを道徳の教科書に乗せてください。そうすれば、一億総なんとかみたいなことよりも、よっぽど経済は回るし、マイ電柱が増えて電力会社は大儲けでしょう。