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『バーフバリ』を感じた

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マサラ臭い風により噂は聴いていたが、ついに『バーフバリ』を観た。

否、バーフバリを感じた。そう、先生が言われた「Don’t think. FEEL!」である。

バーフバリのS・S・ラージャマウリ監督(現代の琵琶法師)は、先生のことを非常に尊敬しておるようだが、まさに先生の御姿が天上よりシヴァ神の肩に乗りおいでなさったような、そんな映画であった。

というか、映画ではない。

映画とは、人間が作ったものだからだ。

『バーフバリ』は感じる神話である。

神話とは古今東西その土地の文化や歴史を取り込みながらも、似たようなエピソードがごちゃまぜになっているアレである。

なぜ似たようなエピソードがたくさんあるのか?

それは人類のDNAに刻まれた情報がストーリーとなって浮き上がった『夢』のようなものであるからだ。

その夢であり神話が、なんと自宅のテレビで見ることができる時代になったのである。

 

バーフバリは、マハーバーラタやギリシャ神話や古事記や地獄の黙示録やドラゴンボールやドラクエ5やマッドマックス怒りのデス・ロードといった数々の神話にありがちなストーリーである。

これは日本人に白米、インド人にカレー、ドイツ人にビール、エイリアンにシガニー・ウィーバーというような「何ら疑うことのない無意識下での完全同化」であり、逆に真夏のポカリスエットのように体の中に何の抵抗もなく浸透していくストーリーである。

しょうもない小手先の技術や、大声出したりイカれたフリをすれば「個性派俳優」とか言ってもらえてるようなアレは通用しない。

要するにありふれた神話ストーリーとは、万民に受け入れられやすくもあり、そして見飽きたコンテンツでもある諸刃の剣なのである

どこかで観たようなシーンがあれば、それは各々の記憶の片隅にある「あんなシーン」や「こんなシーン」に完全リンクしてしまう。人間の脳はそれくらい高性能なんですよ。

僕なんか葬式帰りのおっさんたちの列を見ただけで「レザボア・ドッグス」のオープニング曲が脳内に流れちゃうからね。

 

だが、である。

 

この神話の制作陣は、ありふれたストーリーを微動だにさせず、そこにただただゼットンの火の玉ばりの熱量を込めて解き放ったのだ。

「肩肘もぎ取れても別にいいじゃんだって夏なんだぜ!ストライクゾーンド真ん中渾身の超ド直球火の玉ストレート」しか投げられないピッチャーに年俸₹2,500,000,000払っちゃうファンキー(加藤)なフロントを持つインド映画界の破天荒さには尊敬の念を禁じ得ない。

なんせアクションからセットから俳優の鬼気迫る演技やら、もうすべてのピクセルに灼熱の愛が込められている。

象の鼻使って弓放っちゃったり、豪華絢爛巨大スワンボードで飛んじゃったり、お手手つないで盾でなんかくるんと丸くなってそんで飛んでいって着地して無傷みたいな、お前らそれいつ練習したんだよ、なあ、絶対ぶっつけ本番じゃねえよな・・・え、マジで・・・みたいな、ありえないけど「あ、、はい、、、そうっすね」みたいな説得力がある空想非科学的シーンを脳みそに直接練り込まれる感覚。ぐふっ!!

 

神話ストーリー✕ありえない現象の連続✕制作陣のむさ苦しい愛=バーフバリ

 

今回については、当方のような愚鈍な塵には、内容を語る口を持っていない。

ただ見るが良い。そして感じるが良い。

そうすれば、「ヤシの木を使って・・・ふ~ん、なんか2,3回練習したらできるんじゃねえかな」とちょっとした擬似超人感を味わえる。

そう、バーフバリは、人間の持つ本来のノビシロを感じさせてくれるのだ。

そして、あえて言おう!よい子のマヒシュマティ王国民は絶対に真似をするんじゃないぞ!!!

 

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おすすめリンク

nounai-backpacker.hatenablog.jp

最近、これをもう一度手直ししたい・・・

バーフバリはトップ10には確実に入るなあ・・・

「LIFE SHIFT 100年生きる時代」を読んだくせに趣味に生きるにはどうすればよいか考える

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

 

目次:

 

はじめにただの愚痴なので飛ばしてください

人生100年時代の到来である。

長寿に憧れた人類は、ついに夢の大台へ辿り着いた。

 

 

nounai-backpacker.hatenablog.jp

・・・が前回の記事でも書いたが、これには大いなる代償が存在する。

超絶簡単に書くと、80歳くらいまで働かなきゃ餓死、新しいことを勉強しないと餓死、みんなと仲良くしなきゃ餓死、という我々「労働意欲皆無・全力趣味・孤独愛」を標榜する無責任自由人=趣味人にとっては苦役でしか無い未来となっている。

 

我々は、趣味に生き、くだらない地域や職場の人間関係にツバを吐き、俗世間と離れて好きなことだけして過ごしたいという現代におけるカス人間である。ちょっと昔なら非国民、もっと昔なら村八分からの座敷牢固めである。

我々が働いてやっているのは、あくまでも生活の糧と趣味の道具集めの資金作りのためであり、もし宝くじで7億円当たったら、入金確認次第、上司にタメ口で「おれ、今日で辞めっから」と即電話できるほどの貧弱な愛社精神を持つ。

 

だが、宝くじってなぜか当たらない。

我々の夢の生活は・・・西洋人のバカンスすらないブラックJAPANに産まれてしまった我々には、「老後の悠々自適」しか残されていない・・・いや、いなかった。

80歳まで働くとなると、如何に医学が進歩していようとも、趣味に全力投球なんぞできるわけがない。拙僧の場合、登山が趣味の一つであるが、80過ぎて雲ノ平まで縦走しようものなら『無責任老人、ヘリで救助。もう若くなかったと涙の弁解』の見出しでYahooニュース行きになり、曾孫が学校で遭難爺という不名誉なあだ名が付けられてしまうだろう。

 

・・・ちょっと話が逸れた。

だが、ここJAPANでは長期休暇が困難な労働環境であり、じゃあ遊ぶ時間欲しさの転職なんて清水寺の舞台からムーンサルトプレスである。

面接官「君、えらい仕事ポンポン変えてるけど、これどうしたの?」

趣味人「何故か知りませんけど、どの会社も長期休暇くれないんで、山のシーズン毎に辞めてました。海外の山を攻めるとかもっと大変で・・・」

面接官「きみ、それでも社会人か!」

趣味人「おいてめえ!懸垂下降できんのかこの野郎!」

 

趣味人、特に登山のような長期の休みを要し、さらにシーズンや天候により左右される場合、日本の雇用形態はただただファ◯クである。

僕のフランス人の友人は、5週間のバカンス休暇を取るのに上司に電話一本で済んだとか。

これからは労働体制が激変するといわれているが、ここのところは国民感情といえるレベルで概念化しているので、さてどうなるのだろうか?

 

他にも自転車やバイクのツーリング、マラソンやウィンタースポーツ、旅行やスキューバなんかもそうだろう。

趣味というのは、巨大なピラミッド構造であり、誰しもがその上を目指していく。

登山だったら近場の山から初め、在住都道府県の最高峰、日本アルプスのどこか縦走、北海道や屋久島、夢の海外、ニュージーランドでロングトレイル、ヒマラヤで滑落死というピラミッドになっている。

カメラだったら、スマホ、一眼レフ、フィルムカメラに寄り道してからの国産フラッグシップ機、レンズ沼でスキューバダイビングしながら、最終的にLeicaでグッド・バイ。

自転車ならカーボン盆栽、バイクなら時速300kmの壁・もしくは海にダイブでフジツボまみれ、オーディオなら1m10万円のケーブルで縄跳び、ジョギングなら心臓麻痺、ボディビルなら栄養失調、ボクシングなら灰になる。

 

このピラミッドは山脈のように連なっており、小さな山や珍しい山、新種の山なんかもある。いろんな人がいろんな経路をたどりながら、あーでもないこーでもないあれはだめでこっちがだめであれが至高これが至極なんて言いつつ、だがしかし一番高いピラミッドの頂上へ向かうことになる。

 

要するに働きたくないのでござる。

ただただ好きなことをやっていたい。ワーク・ライフ・バランス?糞食らえ!

そんな私達、無責任自由人=趣味人=現代の吟遊詩人にとっての100年人生戦略を考えてみたので披露する。

 

※「趣味なんて仕事の合間にしてるから楽しいのであって、本業にしたらすぐ嫌になるよ」は愚問である。それはすべての趣味への冒涜であり、そして真理である。

 

 

 

雇用の流動化と産業構造の大転換はむしろ好都合?

カッコイイ見出しにしてみたが、要するに日本の終身雇用制度が崩壊し、転職が当たり前になり、AIなどに駆逐されたゾンビたちが町に溢れかえれば、我々は仕事を辞めて遊びやすくなるのだ。

履歴書が長くなっても、「結果にコミットするために留学してました」とか言えば良いんじゃないか?タイのバンコクに行けば簡単に偽造学生証が作れるし。

会社にしがみつく社会が崩壊すれば、例えば登山や長期旅行が趣味ならば「お金を貯めて遊びに行って無くなったらまた働く」ことがやりやすくなり、サーフィンやウィンタースポーツなら「シーズン毎に住む場所を変える」なんて暮らしもできるかもしれない。

 

いや、今でもやろうと思えばできる、だができない。そこには「安定」を求めるDNAちゃんが我々を「不安」にさせるからだ。特に日本人はこの傾向が強い。

新卒採用主義やシンプルな履歴書を好んだり、年取ったら転職厳しいなんてのは、終身雇用制度のような盤石な安定感を作り出したが、個人の自由度は大いに低下させているし、逸脱者を受け入れないムラ社会化の原因でもある。

この問題に関しては、すでに時代の移行期であり、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」への一歩目を誰が踏み出すか観察中であると思う。

 

収入は減るだろうし、再就職が困難なことには変わりないが、「好きなことをするために仕事を辞める」という心理的・社会的な壁は無くなっていくだろう。みんながやれば。

 

 

多業=趣味をお金に変えれば一石二鳥

上記の件に加え、副業もしやすくなろうだろう。

いくら年取っても働けるようになったとしても、日本は当面は少子高齢社会。

高齢者にできる仕事は限られているので、AIが発達しようとも、労働力不足は続くだろう。

そうなれば、「多業=マルチワーク」が可能な社会になるかもしれない。

これは、現代のように「一つの会社」「一つの仕事」ではなく、いろんな仕事を組み合わせて働くことだ。バイトの掛け持ちのイメージに近いか?

 

働き口が一つの会社だけでは、会社の都合で働かされることになる。労働時間や休日の自由度は低い。

だがたくさんの仕事を自分でうまく組み合わせれば、ある程度時間的自由度は上がる。サーファーなんかは仕事開始時間が遅いほうが良いだろう。それにカネが欲しければ、夜勤や祝日に働けば良い。遊びたいシーズンは休みを多くできるなんて調整が可能になるかもしれない。

この辺は、社会保障などの待遇がどうなるかにもよるが、もし現在の正社員待遇に近い「安定感」があれば、雇用の自由度は上がり、引いては人生の自由度=趣味を楽しめる。

 

それに趣味を仕事にしても良い。

労働力不足による隙間産業と趣味がマッチングすれば尚良し。半分、ボランティアだとしても充足感はあるだろう。

現在のUberやAirbnbのようなサービスやシェアリング‐エコノミーなんかも、この多業と相性が良い。

日本は人手不足が深刻化するし、現在でも僕の住むド田舎では、草刈り難民や里山大荒れ問題、そして進撃の野獣により農作物が被害にあっていたりする。

登山趣味な僕からすると、それを口実に山に入り、ブッシュクラフト的なサバイバル登山的なことをしてカネまでもらえたら最高やんけ!と思っている。

収入的には厳しそうだが、そういった新しい労働観が定着できれば、我々の勝利の日も近い!

 

 

人口減少社会を逆手に取ってリスクを減らす

100年人生時代到来ともなれば、現在の一般常識がガラッと変わることは誰でも予想できる。しかも日本はすでに少子高齢社会で人口減少真っ只中。

現在の日本は、一億二千万人のほとんどが家庭を持ち、持ち家/マンションを購入し、70歳までには仕事を辞めて80歳半ばで死ぬという人生モデルが御真影の如く輝いている。

だが、今や世間は空き家まみれ。

人生最大の買い物である『家』を中古で買えば、収入が少なくても、新築を買ったと思えばかなりマシである。

最近は中古物件のDIYも流行っているので、中古物件が増えれば増えるほど、選択肢も増えていくことになるだろうし、価格も下がっていくだろう。

 

この「リスクを減らす」という考えは、現在の若者世代ではもはや共通危機感として生活に組み込まれている。

『若者の〇〇離れ』とかいって老害共は車を買えだの腕時計をしろだの五月蝿いが、これは『お金の若者離れ』なのであるのが最早言うまでもない。

別に俺たちは金があれば使うし、将来が希望で輝いていたら七年ローンでスポーツカーも買ってやらあ!

絶望の国の幸福な若者たち 」でも書いてあるように、我々若者はとりあえず未来に絶望している。だからこそ、今を楽しむのであり、それはなるべく金を賭けずに、如何にコスパ良く達成できるかが生きる指標となっている。

だからこその晩婚化であり少子化なのだ。僕の友人の趣味に人生全振りしている連中は、全くもって結婚する気がない。一人であれば、少ない給料だろうが昇給の可能性か著しく低かろうが趣味を楽しめる。だが一人でなければ趣味を楽しめない。豊かな貧困だ。

だがこの悲しいリスクヘッジは、エリートでない人間にとっての有効な選択肢の一つになっている。

趣味や自分のライフスタイルを守るために、結婚や家族を守ることや子供の教育費を省いてしまえばアラ不思議!数千万円が何もせず手元に舞い降りるのだ。

僕の世代だと、奨学金地獄や親の苦労を身をもって体験している。だからこそのリスクヘッジであるのだ。

少子化の問題はこういった選択的リスクヘッジが効いていると思う。

 

人口減少時代により、家を安く買うなど、今まででは考えられなかった節約が可能となった。また人口減少時代だからこそのニーズが新しく生まれるだろう。

国はリスクヘッジとしての口減らしを傍観してきたようだが、こういった社会変化を逆にうまく活用できるよう、若者というパワーをうまく使ってほしいものだ。

 

 

まとめ

①雇用の流動化と産業構造の大転換はむしろ好都合

②多業=趣味をお金に変えれば一石二鳥

③人口減少社会を逆手に取ってリスクを減らす

この3点をうまく使えば、現在の労働環境からかなり自由になると思う。

現在の社会制度でこの3点を見てみると、我々庶民が欲しい安定感は無いに等しい生き方ではあるが、人口減少時代に突入することでさすがに手を加えられることになるだろう。

そこで、①が進めば仕事を飛び回る間に長期趣味時間を得ることができるし、②が定着すれば悲願であった趣味と実益を得やすくなるかもしれないし、③で今まであり得なかった節約や生活スタイルができれば趣味にお金を注ぐこむことができる。

 

だが、③で述べたように、「家族を持つことがリスクになっている」という大問題がある。決して産めよ増やせよというわけではない。だが、現在の日本の社会では、家族を持ったり、たくさんの子どもを育てることは「リスク」となってしまっている。

 現在の若者はリスクに敏感だ。趣味に生きると神に誓ったのなら別だが、普通に生きたい人もある程度不安なく生きられるような社会になってほしいものではある。

 

だがだが我々趣味人は、どんな世の中であろうと生き続ける。

そこに趣味があるからだ。

 

 

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

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