脳内バックパッカー

自宅にいながら映画や本の世界で旅をしよう

「現実逃避したい!」という時に見たいオススメ映画ーAmazonプライムビデオから愛をこめてー

現実逃避とは、外的ストレスから己を守る手段ではありますが、現実逃避ばかりしていると僕のようなダメ人間になってしまうのもまた現実であります。

なので現実逃避し過ぎないように、優しく現実と向き合えるような映画をご紹介することによって皆様をやんわりと現実に引き戻しましょう!

ちなみにここでご紹介する映画はすべてAmazonプライムビデオでご覧になれます。

 

 

ミッドナイト・イン・パリ

「俺はなんでこんな時代に生まれてしまったんだ!」

と、生まれた時代を呪い、異世界モノやタイムスリップモノのラノベばっかり読んで現実逃避している方々に送る反現実逃避映画。

名匠ウディ・アレンの送る、男の虚栄心をクソミソにこき下ろすパリジャン映画であるこの「ミッドナイト・イン・パリ」は、男なら誰しもが妄想するであろうタイムスリップ大逆転を全否定する。

過去への憧れとは現実逃避なのだよ!というのを全編に渡って否定してくれるので、「俺が戦国時代に生まれてたら、きっと大名になれていた!」とか「バブル時代に生まれたら・・・」みたいな現実逃避はもうしなくなること間違い無し。

 

舞台は現代。

アメリカの売れっ子脚本家である主人公が、結婚相手とその両親とフランスはパリを訪れる。

この主人公だが、適当で記憶にも残らないような脚本を量産する日々に嫌気が差していた。といっても、脚本家として経済的に成功しており、リアリストなフィアンセからは脚本家の仕事を続けてほしいと願われている。

だが主人公は小説家としての名望を得るという野望に取り憑かれていた。彼の憧れは、1920年代にパリを拠点に活躍した芸術家たちである。

スコット・フィッツジェラルドやアーネスト・ヘミングウェイといったオシャレで教養人で世界的名声を持つ天才達、そしてそんな彼らが住んだ黄金時代のパリへの憧れ。

 

主人公は不本意ながら成功している脚本家という現実ではなく、世界的に名声を得られる小説家としての成功をパリと重ねていた。

経済的な成功に甘んじているわけではないので、単なる現実逃避とは言えなくはないが、それでも自分のロマンティックな理想と現実は大きく乖離していた。

 

※ネタバレ注意

そんな主人公はひょんな事から、1920年代のパリにタイムスリップしてしまう。そこで彼が見たものは、彼が思う黄金時代そのものの綺羅びやかな世界とホンモノのフィッツジェラルドやヘミングウェイたちであった・・・

 

夜中を過ぎた頃にやってくる古いプジョーに乗るとタイムスリップできることに気づいた主人公は、夜通し黄金時代のパリへ行って著名人たちとの会合を重ねていく。

そこで出会った一人の女性アドリアナ。ピカソの愛人であり、ヘミングウェイやモディリアーニにも愛された美しいアドリアナに惹かれていく主人公。

アドリアナはロマンティックで教養人から愛される「何か」を持っていた。

現実のフィアンセとその家族は、現実主義者でロマンや夢より経済的な成功や見せかけの価値にしかとらわれていない。

主人公は最終的にアドリアナの元へと向かう。するとアドリアナと共に1920年代から、アドリアナの憧れる19世紀のベル・エポック時代へとタイムスリップする。

主人公が憧れていた1920年代の黄金時代に住み、その理想の生活をしていたアドリアナは、ベル・エポック時代こそ黄金時代だと言いそこに残ることになる。

主人公は自分の過ちに気づき、現実のフィアンセと別れ、パリに住むことを決意する。

 

 

現実逃避よりも現実が大切だね!というストレートな映画

この映画は、結局過去の時代への憧れというのは現実逃避でしかないという結論を提示する。

「最近の若いやつは・・・」なんてセリフは人類始まってからずっと続いていたのと同じように、過去への憧れとは、過去を知っているからこそ、そこへ逃れることができるというアンチテーゼでもある。

主人公はそのことに気付き、現実を黄金時代にするべく、主体的に歩み出すことに決めた。

そう、現実のパリで。

主人公の憧れという現実逃避ではない、本当のパリで。

 

現実逃避とは、結局廻り廻って現実に返ってくる。

結局は、目先の不安から逃げていても、最後にはその壁に立ち向かわなくてはならない。

現実逃避とは、その壁を超える助走期間だと捉えることもできるかもしれない。

だがそのことに気づくことができるか否か、これが非常に難しい。

そういうときのために、この映画はあるのだ。

 

【スポンサーリンク】
 

 

タクシードライバー 

言わずと知れたスコセッシ&デ・ニーロの名作中の名作。

そして度が過ぎた現実逃避の描写が素晴らしい映画。

まるで生きている感覚がないほど退屈な日々、「何か一発デカイことをやってやりたい!」「世間を驚かしたい!」「俺がすごいということを世界に証明してやりたい!」なんていう現実逃避、誰しもしたことがあるだろう。

そんなときはこの映画を見て、空虚な承認欲求が生む狂気を感じてもらいたい。

 

 

※ネタバレ注意

ベトナム戦争帰りの主人公は、極度の不眠症であった。

タクシードライバーになった主人公は、アメリカ大統領選挙候補の事務所にいる女性に恋をするが、見事振られてしまう。

不眠症もひどくなり、精神の異常をきたした主人公は、大統領候補を暗殺しようと準備を始める。

そんな時に出会った売春婦の少女アイリス。ヒモ男に良いように扱われているアイリスを助けようとするもこちらも失敗。

ついに大統領候補暗殺を決行しようとするが、すぐさま露見し逃げた主人公は、計画をアイリス救出に置き換え、ヒモ男や用心棒を殺し、晴れてヒーローとなる。

 

 

現実逃避し過ぎるとおかしくなっちゃうよ!っていう映画 

なんか書いていてもよくわからない主人公の行動。

主人公はベトナム戦争帰りで、恐らくPTSDのせいか、重度の不眠症であった。しかも帰国して待ち受けるのは、何の変哲もない日々

不眠症と現実逃避により精神が異常になっていくさまは、不気味そのものだ。

主人公の現実逃避は、病的な逃避に起こりやすいかなり誇大妄想なもので、ただの失恋が大統領候補暗殺まで跳ね上がっていく。

こういった逃避の思考は誰にでも起こるが、実際に行動に起こすと完全に犯罪だ。でもこういった事件は実際に幾度も起きている。※この映画が原因で本当に大統領暗殺未遂まで起きている。

 

この映画の素晴らしい所は、こういった映画には珍しくハッピーエンド?であり、そして狂人と化した主人公は果たして正常になったかどうかの描写はないところがまた恐ろしくもある。

要するに現代社会は、この主人公のような人間がそこら中にいるという恐怖と隣り合わせなのだ。

だからといって誇大妄想気味の現実逃避を行動に起せば、ジョディ・フォスターが微笑んでくれるというわけでは決して無いので真似しちゃダメだよ!というメッセージを強く強く込めてこの映画をおすすめする。

 

 

 

トゥルーマン・ショー  

この映画は一切事前情報無く見ていただきたいので、ネタバレは書かない。

要約すれば、自分が思う現実とは果たして本当の意味の現実なのか?という、哲学的で難解なテーゼが提供される素晴らしい映画である。

 

現実逃避の意味を考えさせられる映画

現実から目を背けることはとても簡単ではある。

だがそれは今ある『現実』を認めているということではなかろうか?

本当は認めたくない現実を認めざるを得ない状況に陥っている、そんな自分からの逃避なのだ。

そんなことを考えると、結局現実とは自分が作るものであり、作ってきた結果なのだということも認めざるを得ない。

だがその苦しい作業の後、「目指すべき自分の姿に近づけるための場=現実」と思えるのではなかろうか?

そうなれば、言い訳や自己嫌悪から他人の目を気にしたり責任逃れを繰り返すような生き方こそが、本当の意味の現実逃避だということに気付かなければならない。

まあ、そんなことを思わせてくれる哲学的な映画なのだ。

 

 

【スポンサーリンク】

 

 

 

まとめ

現実逃避を考える映画として、代表的かつオススメなものを3パターン披露してみた。

映画のテーマでいえば現実逃避モノよりも、現実その物への疑念というか存在についてという感じのもののほうが多い。

これも面白いけども、現実逃避気味の方には悪影響になりかねないので注意を要しますけども、オススメを紹介しておきます。

 

 

日本の国家的損失・早逝の天才今敏監督の見ていて頭がイカれそうになる非現実的現実映画。

 

 

ド定番!

 

 

Amazonプライムビデオ以外だが、こちらもオススメ。クリストファー・ノーラン監督の美技に酔え!