「神は、脳がつくった 200万年の人類史と脳科学で解読する神と宗教の起源」の要約とレビュー
「神は、脳がつくった――200万年の人類史と脳科学で解読する神と宗教の起源」
神が脳を作ったのではなく、脳が神を作ったという話。
神学論争かと思いきや、人類の脳の発達を段階的に追っていき、ついに神という存在が認知されていく過程が書かれている。
要するに脳の進化を追った脳の歴史本でもある。
これが面白いことに、現代の子供の発達に非常に似ている。
我々の原始的な脳(脳幹など)が魚に似ているように、脳自体も古代の生物から少しずつ進化していき、ついに人間に大脳皮質が与えられた。
この本は、脳の進化を辿りながら、人類の歴史を紡いでいく、非常にトリッキーなスタイルでとても面白かった。
脳科学に興味がある人にもおすすめできる。
人類進化の疑問→平行進化
最近の新発見や学説によると、農耕や道具などの技術、果ては儀式や学問や芸術までもが、(数十万年単位の人類史から見ると)ほぼ同じ時期に全く別々のところで生まれているという。
これは従来の歴史ーアフリカから人類は移動し進化していったーからみると、困惑する事実であった。
これを脳の発達として捉えると、納得いく説明をすることができる。
そもそも論だがアフリカを出る前に、すでに人類の脳は自分を過去と未来に位置づけることができる能力(自伝的記憶)が可能になっていた。
このような認知能力を持ったまま、世界各地に散らばったため、人口圧力のような似たような選択圧を受けると同じような結果に行き着いたのではないかという説である。
洞窟画や祖先信仰や農業が、数千年の違いでヨーロッパ、中国、アメリカ大陸で始められたのは、平行進化であったのだ。
平行進化は動物にもあり、古代から大陸と切り離されていたオーストラリアの動物は姿形は違えど、旧大陸の同じ種の動物とほぼ同じ脳を持っている。
自己認識
ここからは脳の発達と共に、人類の歴史を見てみよう。
集団で狩猟採集生活を行い、道具や火を使うことで高栄養な食事が行えるようになった人類(ホモ・エレクトス)は、脳が肥大していった。
そして前頭前野が発達し、人類は自己認識が可能となった。
鏡像認知(鏡に写ったのは自分だとわかる)ができる動物はかなり少ない。
人間は2歳位から、鏡像認知が可能となり、「ぼく」「わたし」といった意味の言葉を使い始める。
ちなみに認知症になり前頭前野が萎縮すると、自分を意識した行動や、自分や他者の感情が認識できなくなってしまう。
自己認識が可能となることで、他者の存在を認識できるようになる。
始めはオオカミなどの集団生活をする動物と同程度の他者認識であったが、次第に他者が何を考えているか、他者とどう接すれば喜ばれるかなどの想像ができるようになった。
これは自己認識ができているからこそ可能である。
この他者認識のおかげで、人類は集団生活が可能となった。オオカミなどの群れが力関係を基底とした服従による集団形成であったのと違い、他者の心を意識することで人類はより複雑な集団を作ることができるようになった。
これが進化すると、思いやりが生まれたり、ミラーニューロンシステムにより他者により共感できるようになってくる。
この能力が低い自閉症や発達障害の人が社会に馴染むのに苦労するのは、微妙な表情からでも他者の意図を汲むような高度なコミュニケーションが難しいからだ。
個人的な話だが、なんでみんな声に出さなくても暗黙の了解ができるのか甚だ疑問な僕からすると、この話はすごく身に染みる(笑)
内省的自己認識
自己認識が進化すると、内省的自己認識が可能となっていく。
内省的自己認識により、我々ホモ・サピエンスは道具や文明を発展させていった。
内省的自己認識とは、「人々の考えについての、他の人々の考えについての、他の人々について考えること」という高度で複雑な認知能力だ=二次の心の理論
これにより客観的視点、他者にどう思われているか、そして自分について考える自分について考えることができるようになった。
ちなみに、この時期から装飾品が作られるようになる。これが今のブランド品や化粧になっていくのだ。
まさにアダムとイブではないか!
この認識は、自分のことを考える他者のことを考える自分の・・・と入れ子構造を果てしなく増やすことができる。
これが現代の科学や論理的思考にまで繋がっており、人類の最も根本的な特徴と言われている。
神々の生まれる土壌
内省的自己認識、他者認識が可能となることで初めて、「神」の存在が認知できる。
そして、神は人の心を読むことができるー超自然的存在に見張られているー社会秩序の誕生という流れが形成される。
これにより、未知の現象を「雷は神が怒っているからだ」と説明できるようになる。
他者の心を推論→超自然現象を推論=神々の信仰
ちなみに先程述べた自閉症患者は、神への信仰心が一般人に比べ著しく低いらしい。
ホモ・サピエンスより大きな脳と頑強な身体を持っていたネアンデルタール人が滅びたのは、この認知能力の違いであると言われている。
ネアンデルタール人も他者の行動について考えることができ、集団で狩りをしていたというが、自分の過去と将来を考え計画を立てたりすることができなかったようだ。
第三者の視点を持たないネアンデルタール人は、自己を内観することができず、ホモ・サピエンスに破れ滅び去った(最近はネアンデルタール人は私たちと交配した説が有力)
言語の誕生
言語はグルーミング(猿の毛づくろい)のようなコミュニケーションから生まれたという説がある。
集団が増えすぎたことで、グルーミングのようなコミュニケーション手段が対応できなくなり、一度に大勢とコミュニケーションのとれる言語が生まれたという。
「内省的自己認識=自分の内面生活の実況放送→自分の思考を考える言語」という関連で、内省的自己認識と言語は揃って発達した可能性があるという。
これには抽象的思考・自分自身のコミュニケーション・他者への気付きが必要なことからも頷けるだろう。
動物は欲求の合図などはするが、自分の考えや世界観を語ることはない。
解剖学者J・カーヴァー曰く「類人猿がしゃべらないのは唯一の理由は、言うべきことが何もないからだ」
言語の発達は進化を推し進め、今でも噂話が流行っているように、言語能力が高い人間が進化の過程で生き残りやすかったのだ。
将来の把握:自伝的記憶
子どもは4歳くらいになると自伝的記憶=エピソード記憶が可能となる。
これにより、過去に起きたことをつなぎ合わせて自己を作っていくことになる。
自伝的記憶は長期記憶に分類される。
長期記憶は他に意味記憶があるが、これは「フランスの首都はパリ」といった事実を保存する。
自伝的記憶は、過去の出来事を感覚と感情の両面を保存している。
自分の通った高校の名前や場所の記憶=意味記憶
登校初日の気持ちや出来事=自伝的記憶
自伝的記憶の発達により、過去と将来の次元が認知的に統合され、時間的自己認識が形成されることで人は過去を利用して将来を把握することができる。
よって人間の「今」とは、過去と将来の出来事が含まれているのだ。
自伝的記憶と言語の発達により、ホモ・サピエンスは過去の出来事から学び計画を立て、それを仲間と協力して実行可能となった。
過去の記憶から獲物(サケやトナカイ)が移動する季節に合わせて計画的に行動したり、集団で時間を合わせて共同で狩りをすることができるようになった。
これがネアンデルタール人との決定的な違いであったのだ。
内省的自己認識は心の中の時間旅行であり、それを他者と言語で共有することで、将来の計画や他者との共同作業が可能となった。
宗教思想の出現
やっとここから本題。
人類が進化の過程で得た能力により、様々な影響があった。
そしてついに宗教思想が誕生する。
その過程を見てみよう。
死の意味
時間的自己認識+自伝的記憶が深まると、ホモ・サピエンスは死を理解するようになる。
死を理解しているのは、人間だけだという。これは自伝的記憶があるからだ。
過去の記憶から将来を見通せる人間は死を恐れ、その不安から逃れるために自尊心や文化的世界観を生んだという説がある。
人間の活動は、すべて死を避け、克服することが原動力になっている。その原動力が、事実への解決策を見出す努力となっていく。
夢の意味
すべての哺乳類は夢を見るという説もあるらしいが、ホモ・サピエンスは夢の意味を解釈しようとした。
諸説あるが、人は夢を死後の世界や超自然的存在と結びつけた。
これは世界中の伝承を比較すると、地域が違っても似たような夢の内容が神話となっていることが理由としてあげられている。
祖先信仰
狩猟採集時代の遺跡から、祖先信仰の痕跡が発見されている。
また現代の狩猟採集民も、祖先信仰が行われており、アフリカの神々は祖先が重要な位置を占めている。
狩猟採集民の祖先信仰は、狩りの成功を祈るために行われていた。狩りの上手かった祖先が神となったのだ。
また農業革命以後、土地の所有権という概念が生まれた。土地の所有権の正当性に意味合いを持たせるために祖先が使われた。
農業は自然を相手としているため、不確定要素が多く、救いを求める意味でも祖先信仰が行われた。
狩猟採集民は獲物を捕らえるために、農業定住民は収穫と救いを求めるために。
最初期の神々
祖先信仰が次第に「神」の信仰へと発展していく。
この祖先信仰が神へと変化し、農業革命により人口が増加したことで神の序列ができるようになる。
1万年前よりメソポタミアなどで大都市が生まれた。
メソポタミアの宗教の第一段階は、自然や死と結びついた神々の出現であった。
第二段階では、世俗的な支配者が出現し、神の力の一部を奪い始める。権力の正当性や軍事指導者としての責任を引き受けることで、権力を増していく。
都市には神殿が作られ、祭りや政治が行われるようになる。
始め食物の確保や死後の運命を守るのが責務だった神は、文明が複雑化することで政治や司法などの社会的責任を引き受けることになった。
また都市間の戦争でも神は利用されるようになる。これは現代も変わらない。
枢軸時代
さらに文明が複雑化し、2800年前に神々や宗教の最終段階が訪れる。
世界各地に巨大文明が起こり、帝国が誕生する。
この紀元前800~200年の間に、儒教、ヒンドゥー教、仏教、ユダヤ教が生まれた。ここにギリシャ哲学も含まれる。
まさに宗教の平行進化だ。この時代を枢軸時代という・
枢軸時代の宗教は、死に解答や恩恵を与え、政治や経済と結びつき巨大化していく。
その過程で、過去の宗教や神々を借りてくることが重要であった。
ユダヤ教がメソポタミアの神々を取り入れ、それがキリスト教やイスラム教に繋がっていくように。
まとめ「神と脳」
僕の長年の疑問であった宗教の歴史が、脳の進化でわりと納得できた。
長年の疑問とは、平行進化だ。
四大文明や世界宗教がほぼ同時に、しかも遠く離れた地域で誕生していること。
これが「脳の認知能力の進化+ある程度の人口圧+都市化」で説明することができる。
アフリカを出た時にはすでに我々の脳はほぼ出来上がっており、あとはお得意の環境適応で「似たような」結果を生んだのだ。
あと面白かったのは、内省的自己認識と時間的自伝的記憶により入れ子状の論理的思考ができるようになったのは良いが、そのせいで将来の不安や死の恐れまで生んでしまったことだ。
この不安が集団化や信仰を生み、それが哲学や神になり、気付けば現代の科学や資本主義まで生んだというわけだ。
また祖先信仰から都市と政治の誕生により俗世間寄りの神様が生まれたというのは、いかにも人間らしい適応能力だと思う。
そう考えると、現代の宗教の役割がスピリチュアルな部分に回帰していることはかなりわかりやすい反応だと思う。
宗教があれだけ隆盛を極めたのは、遺伝子レベルでの淘汰があったからという説もある。
要するに信仰心の厚い人は、より集団化でき、より思いやりがあるため、生き残る可能性が高かったからだ。現代より不確定要素が多い時代、人々は協力し合うことで子孫を増やしてきたことを考えると、その過程が戦争であったり魔女狩りであったり帝国主義だったりしたんだなあと思い何だか感慨深い。
現代のコミュニケーション至上主義は、この他者との協力がシステム化されてしまったことへのアンチテーゼのようにも思える。
人類の発展を網羅している「サピエンス全史」と合わせて読むと、かなり面白い歴史的視点を手に入れることができる。
そして現代社会の我々はというと・・・
とにかく「神は、脳がつくった――200万年の人類史と脳科学で解読する神と宗教の起源」はとてもオススメなスゴ本。
専門的な脳の知識は要らず、初心者向けに書かれているので、これから脳という不思議な世界に没入するきっかけには良いかも。
あ、脳はマジでよくわからんけど結局、人間は脳なので、人間を知りたい人は最終的に脳を攻めることになると思います。
歴史愛好家向け解説付き「楽しんで学べるオススメ歴史漫画」
歴史というのは、年号と事件や人名を覚えるだけでは本質的な意味はない。
が、日本の歴史教育は悲しいかな受験勉強対策マークシート方式に適応してしまった。
だいたい歴史が嫌いな人は、この単純暗記という生産性の低い作業をやらされていたからだと思う。
歴史はまず楽しまなければならない。また歴史を学ぶには、字面だけではよくない。
例えば中国人の名前は似たようなのが多い(陳勝、陳平、陳宮、陳建民)
そこで漫画ですよ。漫画なら人物に視覚的情報が与えられ、しかも躍動的な動きのおかげでより親しみやすいので覚えやすい。
そして歴史の流れを掴むことで、歴史の楽しさが感じられるのだ。
その域に達すれば、横山光輝先生の似たような名前で似たような顔だらけのキャラクターでも完全に覚えられるようになる。※たまに別人になることもある
今回は、そんな歴史を楽しく学べるおすすめ漫画を紹介する。
蒼天航路
中国の歴史において、一番人気があるといっても過言ではないのが『三国志』
何といっても登場人物600名以上、劇的な戦争、無双の男たちの一騎打ち、高度な知的格闘技、誘惑する美女、権力欲に溺れる老人、燃える船、軋む鎖、ジャーンジャーンジャーン、呂布だあ~、鶏肋鶏肋、徐庶の婆さんなどなどそこには歴史を超えた人間のすべてがある。
ちなみに三国志の時代はエンタメとして楽しむのはもってこいだが、中国史上でも最も悲惨な時期、まさに乱世なのだ。
なんせ当時の中国の人口の70%が死んだという説があるほど、苛烈な時代なのだ。
そんな中、表れたのが3人の英雄、劉備、曹操、孫権。
「正史 三国志」という歴史書から、後世フィクションも交えて創作された「三国志演義」は中国でも人気が高く、その主人公劉備玄徳はいわゆる善玉として描かれている。
ということで、物語の性質上バイキンマン的キャラクターは必要なので、劉備最大のライバルとして悪の帝王「曹操孟徳」が対峙する。
だがフィクションを剥ぎ取ってみると、劉備は中年まで放浪の居候野郎であり、パラサイトする先々でパラサイト先に不幸が訪れるという疫病神体質で、敵に追われてビビったあまり我が子を馬車から投げ捨てるというご先祖様の汚名を挽回までしちゃう男。
逆に曹操孟徳は、乱世の奸雄と言われ、宦官の家の出ながら超濃縮マキャベリズム&親族もドン引きのサイコパスぶりで中国史上最悪(今は?)の後漢末期を駆け巡る。
あ、孫権はアル中です。歴史によく出る晩節を汚すステレオタイプで、父上、兄上ともにあっけなく暗殺される呪われた家系のお坊ちゃま。
そんな悪役である曹操孟徳を主人公に迎え、グデーリアンもその電撃ぶりに腰を抜かすほどの破壊的画力で描いたのが『蒼天航路』である。
この曹操は、意識高い系+サイコパスな性格で、政府の高官をしょうもない罪で叩き殺した挙げ句、「ならばよし」とか叫ぶ御仁。
常に現象に対する反応が一般常識の逆張りで、読者を毎回ビックリさせてくれる。
「え?戦車でアルデンヌの森を抜けたって?馬鹿言うなや」くらいのビックリ度だ。
登場キャラクターの個性を、やる気スイッチ16連打で爆上げし、ドレッドヘアーになったり、馬喰っちゃったり、クジラをプレゼントしちゃったりする。
この作画崩壊の一歩手前という紙一重のラインを邁進するのが、蒼天航路の危うい面白さだ。
作品の根底には、強烈な人間性から最終的に虚無主義へとひた走る曹操と、それに贖う保守的な思想や時代の壁とのギャップが重厚に描かれている。
荀彧という当時のエリートであった儒家との関係は特に秀逸で、時代をV2ロケットで飛んでいく曹操に憧れ、そして置いていかれることを感じていく荀彧の心境は涙なしには見られない。
曹操の思想とは、完全無欠なリアリストであり超合理主義。イデオロギーに支配された慣習という名の古い非効率制を武力で破壊していく。これこそ、乱世を生き抜く現実路線ではあったが、そこに立ちふさがる高い壁として登場するキャラクターすら慎重に描写されている。
蒼天航路の深いストーリー性はまさにここにあり、エリート官僚として登場した袁紹本初が、最終的に権力という名の歴史に食われて醜く肥るさまは本当に素晴らしい。
個人的には呂布と陳宮の関係、関羽の生き神様化、諸葛亮孔明の変態扱いだけで終わる様も見どころだといえる。
蒼天航路は歴史を学ぶというよりは、時代の熱気を体感できるバーチャル漫画であろう。
この熱気は、次の時代に引き継がれ、歴史を縦横無尽に駆け巡る。この時代の息吹こそ、歴史を学ぶ上で最重要な始点である。
センゴク
仙石権兵衛秀久という糞マイナーながら、日本の戦国時代を語る上でこれほど最適な人間はいないという完璧な人選の主人公。
仙石権兵衛秀久は、「信長の野望」であれば「頭悪いから前線じゃあ使えねえな。武力だけあるから支城の副官くらいにすっぺ」というくらいの猪武者であるが、「織田がつき羽柴がこねし天下餅すわりしままに食うは徳川」の全てを最前線で見続けた稀有な男なのだ。
いやあ、本当にナイスな人選で、猪武者が当時の時代の変革者である信長と秀吉から少しずつ学んでいく様なんか説明的になりすぎず、まさに完璧。
なんせ「センゴク」は、信長や秀吉の人物像ではなく、旧体制からの政治文化的変革者としての姿をメインテーマとして描いている。
まずは気候の変化だ。
「気候で読み解く日本の歴史―異常気象との攻防1400年」にもあるように、気候の変化は人類の歴史に多大な影響を与えている。
人類がアフリカから世界に拡散したのも、氷河期のために大地が陸続きになったおかげであるし、小氷河期の作物の不作による革命や大戦争は世界史でもしょっちゅう起きている。
漫画でこの気候に言及しているのは、素晴らしいと思う反面、情報過多で漫画らしさを失う可能性もある。
そこで権兵衛くんを泥水の中で走り回らせることで、大河ドラマのナレーション的説明臭さを消臭しているのだ。
あとはやっぱり経済!
マルクスっぽい経済歴史観を戦国時代漫画に導入するのは赤アレルギー体質な我が国では敬遠されがちだが、これも不器用な権兵衛くんがソロバンを弾いて何とか追いつこうと努力しているさまを見て、スマホがうまく使えない親父の哀愁に変換している。
他にも山城の構造や、宗教なんかにも、メスどころかラグナロクでぶった切っているが、すべてこの主人公の人選のおかげで助かっている。
売れ行きもすごいし、作者は権兵衛くんの墓前で「九州のことはもう忘れようや」と言ってやるべきであろう。
同じタイプでは「へうげもの」も素晴らしかった。
こちらは血で血を洗う戦国の世に、へんなオノマトペで芸術を愛する変態野郎古田織部を主人公にすることで、センゴクとは違った視点で歴史を描いている。
両者に言えることだが、そして何度も言っているが、主人公の人選が最高なのだ。
残された主人公フロンティア、それは「今川氏真」しかおるまい。
ドリフターズ
純粋歴史物ではなく、人気歴史上の人物が異世界転生して少年ジャンプ的オールスター戦を繰り広げるというオタク妄想漫画。
歴史漫画に加えるのは憚られそうだが、歴史好きなら誰もが妄想していた世界を具現化したという事実は、まさに歴史であろう。
これは日本人にしか発想できない世界観だ。輪廻転生と八百万の神、まさに神仏習合思想の極致である。
なんせキ◯ストとか出ちゃうからね。これ某国でやったら戦争ですよ。
形式的無神論である日本人だからこそ書ける蛮勇であり、我々の文化的芸術である。
東アジアの紀伝体的な歴史上の人物の捉え方に、西洋的な弁証法的歴史の流れが加わり、そこにあの世とこの世の概念を打ち込む。
ドリフターズはまさにそんな「ここがヘンだよ日本人」の歴史観が生んだ産物なのだ。
この漫画の面白いところは、死に方が不明瞭な歴史上の人物が異世界転生するという設定。
例えば織田信長だが、本能寺の変でたしかに死んだであろうが死体は見つかっていない。
こういう「実は生きてたんじゃないか説」は、義経ーチンギス・ハーン説や、真田幸村&秀頼鹿児島逃亡説、さらにはイスラエルの失われた10支族のような歴史妄想家の主な材料になるエピソードである。
ドリフターズは、ここに少年ジャンプ的オールスター戦要素を世界観とし、ピンチにキャラクターを適時投入(そう、映画版のピッコロさんのように)することで妄想を掻き立てるという少年漫画の伝統芸能の上で踊り狂っている。
そうなのだ。非常に古典的な技法でもある。だがこちらも人選が素晴らしく、適時投入のタイミングもバッチリ。
歴史上の人物、しかもこの作者のファン層が大好物そうな歴史上の人物を材料に、最高の火加減で、古典的おふくろの味を満漢全席フルコースにしている。
歴史マンガというより、漫画の歴史漫画といえるかもしれない。
個人的に山口多聞が出てきた時は、椅子からひっくり返りそうになりました。
「いや~やられたなあ~まいったまいった。あれ?菅野?」
虹色のトロツキー
ガンダムのキャラクターデザインで有名な、(良い意味で)左翼運動家でもある安彦良和先生の歴史漫画。
あまり知られていないのが残念だが、安彦良和先生の歴史漫画はどれも外れがないのでオススメなのだけど、「主人公が全員アムロじゃんか」といわれればそうとしか言えないヒット作の呪縛を感じる瞬間でもある。
まず作品の舞台は「昭和初期から第二次世界大戦前の満州」である。
この時代は日本人があまり触れたくない領域であり、非常にフィクション作品が少ない。
まず満州という舞台は、日本人の思考回路では理解の範疇までの落とし所がつかない混沌とした世界観だからであろう。
五族協和や曖昧な国境線、関東軍に満鉄、白ロシア人に馬賊、ひいてはユダヤ人などなど、島国ほぼ単一民族の歴史観にはノイズが多すぎるからだ。神様には寛容なのにね。
「虹色のトロツキー」は、そんな混沌とした満州を混沌のままさらけ出していながら、しっかりストーリーとして読ませることに成功している稀有な作品だ。
こういった大陸文学が描けるのは、安彦良和の「革命とサブカル」を見れば納得がいくかも。
正直、石原莞爾と辻政信と甘粕正彦とノモンハン事件に、出口王仁三郎や服部卓四郎まで巻き込んでしまう辺りで、だいぶこの時代の知的好奇心を関東軍ばりに拡大侵攻させられてしまった。
この時代は、大正デモクラシーから総力戦体制、そして第二次世界大戦につながる歴史の流れの収束していく様をどう見るかがポイントだ。
諸々の思惑を秘めたイデオロギーが乱立し、そこに政治や経済や権力や夢や希望までが引きつけられていく。
その過程で先人たちがどのように振る舞い、そしてどのような結果を生んだかを学ぶのは非常に意義がある。
これは戦後日本の歴史にもガッツリ食い込んでいるので、満州が実験国家だったというのも頷けるだろう。岸信介とかも調べてみてね。
日本人に苦手な大陸的混沌を満州の砂塵として感じさせてくれる名著なので、歴史好きにはぜひ見てほしい漫画である。
残念ながら、モビルスーツは出てきません。
この漫画が刺さった人はこちらの「五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後」がオススメ。
おーい!竜馬
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おーい!とか言ってるが、そんなにのんきじゃない幕末漫画。
おーい!出てこい!というと、幕末志士達の首や腕が転がってくるのでご用心。
特に武市半平太率いる土佐勤王党の顛末は、身分差別の業を十分に噛みしめることができるであろう。
大政奉還というほぼ無血革命が起きたのはなぜか?という疑問があった。
愛国親父たちは「ニッポンガスバラシイカラダ」と何の根拠もない竹槍根性論で謎の優越感に浸かっているが、「おーい! 竜馬」を見れば当時の日本の政治の限界が垣間見れる。
気候の変化や経済について語ると長くなるので省くが、なぜ幕府が大政奉還に応じたかというと、黒船の到来で大義を失ったからだ。
徳川幕府とは形式上、天皇に征夷大将軍に命じられ、武力を背景に政治を牛耳ってきた。
黒船の到来は、その政治的主導権の根拠であった武力を崩壊させた。
のび太たちを暴力で支配するジャイアンの前にピーター・アーツが出てきてボコボコにされるようなもので、ジャイアンの権威は失墜する。
大義を失い求心力が無くなり、政治的主導権を返上せざるを得なくなったのが大政奉還だ。もちろん公儀制で権力を維持しようとした思惑もある。
幕末とは、250年続いた幕藩体制がグラグラ揺れた時代であり、他国に支配されるという恐怖心が近代国家の誕生につながった時代であり、既存の権力構造の底が抜けた時代である。
幕末の偉人のほとんどがかなり若かったのも、権力構造の危機により権力者のほとんどが保身に走り右往左往していたからだ。なんせ末端の下級藩士は権力構造にほとんど関係なかったからね。
そんな下級藩士の心情と非業の死が丁寧に描かれているのが「おーい! 竜馬」。特に当時の土佐藩の郷士という身分の悲哀は、涙なしには拝めない。
幕末初期の幕府派VS倒幕派で揺れているような政治戦争は、古今東西日和見が一番!各藩は、土佐勤王党のような捨て駒に倒幕派と接近させた。もし旗色が悪くなれば切腹させれば良いだけだ。
これがまた巧妙なやりがい搾取で、多くの志士が死んでいった。
なんか現代とあまり変わらないような気もするが。
現代の労働問題にも繋がる幕末下級武士の悲惨な姿を拝める、幕末社畜伝を一読あれ!
修羅の刻
こちらは「修羅の門」の主人公・陸奥九十九の先祖である代々の陸奥圓明流の使い手達が、宮本武蔵や新選組や西郷四郎などの歴史上の「強ぇ奴ら」と戦う外伝漫画。
外伝なのだが、正直本編は読んでいない(笑)
この陸奥圓明流という殺人武術家一族のご先祖様は、「強ぇ奴ら」と戦うためにした行動が、実は歴史を動かしていたんだよというストーリーで、とにかく程よい御都合主義で「うまい!」と膝を叩かせる。
特に幕末編と義経編は、巧妙に歴史事実と絡ませているので、「オラ、ワクワクすっぞ!」ってなると思います。
そうです。この一族は某宇宙人の自称武闘家無職男性(妻子あり)にそっくりなんです。
「強ぇ奴ら」と戦うためなら、歴史すら動かしてしまう。
こういった歴史遊びは、歴史好きにはうまくハマっていれば「お主も悪よのぅ」的面白さがある。
ドリフターズのような異世界バトルではなく、史実に当てはめていくパターンなので、こちらは歴史の勉強にもなる・・・という口実で親に買ってもらってたっけ。
歴史は結局のところ権力者が主体となったストーリーの集まりだが、この「修羅の刻」はその時代の最強の人間を軸に描かれているので、少し違った視点が得られて面白いと思う。
フィクション部分も露骨な改変ではなく、本当にお上手にそっと置いているので、歴史ファンならずとも楽しめる珍しい歴史漫画だと思う。
アドルフに告ぐ
手塚漫画の最高傑作・・・だと個人的に思っている。
ヒトラー・ユダヤ人説を3人の主人公で描くサスペンスドラマ。
歴史を学ぶというより、歴史に翻弄され、歴史は繰り返すという輪廻転生的無常観がジャリジャリ味わえる。
「ブッダ」と一緒に読めば世知辛い世の中だと虚無主義に陥るだろうが、そんな時の処方箋は「ブラック・ジャック」しかないので手塚治虫は商売がうまい!
手塚治虫の歴史観は「火の鳥」なんだろうが、個人的には「アドルフに告ぐ」の方がうまくまとめていると思う。
日本人、ユダヤ人、ドイツ人という三様の構図が徐々に復讐のスパイラルへ巻き込まれていき、ラストに向けて全てを回収していく。
結局、無残な死が繰り返され、何事もなかったように全てが消え去る。
歴史で嫌というほど繰り返されてきたこの復讐のスパイラルを、この時代に当てはめたのはさすが手塚先生!という感じ。
でも結局は横山光輝「三国志」
もうこれっきゃないでしょう。
文部科学省は今すぐにでも横山光輝「三国志」を世界史の教科書に入れるべきだと思う。
あの長大な三国志(演義)を、教科書的でありながら漫画らしい面白さと泣かせるドラマも交えて最後まで書ききっている超絶技巧は国宝級である。
もうね、毎回ジャーンジャーンジャーンで「げえ!」でハハハハで陣に帰ったら敵の旗がはためいているんです。もう毎回です。こいつら学習能力ゼロかよっておもうんですよ。
でもね、これが飽きないんですね。
キャラクターもモンタージュ写真みたいでヒヨコの雌雄分けくらい分かりづらいんですが、なぜか三国志の人物名を言われると脳内で横山三国志キャラで再生されてしまうんです。
学生時代はとにかく聖書の如く読み耽った横山光輝三国志は、簡単には語り尽くせないのでほんの一部の思い出を抜粋する。
美青年劉備がそれっぽく年を取るのに全く老けない義兄弟、終盤は「げげえ!」しか言わなくなって大木を切って血が吹き出て頭痛で死んだ曹操、マダム・タッソーかよってくらいリアルな諸葛亮孔明像に驚く司馬懿仲達、三国志最大の戦いである官渡の戦いの適当な処理、黄忠と厳顔の双子説、魏延の異常な空気の読めなさ、曹一族は曹仁以外区別つかない説、半端ない吐血、龐統の死に様が強烈、馬超もおどろく氷の城の出来栄え、孟獲と愉快な仲間たち、南蛮=アマゾン説、たまに出てくる仙人キャラの露骨な仙人感、貧相な董卓、初期のござる口調、挑発のボキャブラリーが小学生並み、甘寧の武器何あれ?、文庫版のあとがきが渋すぎる、張松の不憫過ぎるキャラデザ、関羽の髭を残して首を切り落とす超絶技巧などなど、ああ語り尽くせない。
まさに歴史漫画の金字塔である横山光輝三国志。
キングダムも良いけど、ぜひ読んで欲しい歴史漫画です。
まとめ
キングダムのヒットで、腐るほど歴史漫画が吹き出していますので最近のものは読み切れてません。
なので往年の名作をチョイスしてみました。
歴史好きは漫画やゲームから入る人も多いですね。
とにかく歴史好きが少しでも増えてくれたら良いなあと思っております。
おすすめリンク
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